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人類は滅びのベクトルから極わずかアセンションの方に?

 今日は2012年8月8日ですが、今から2年前の2010年の8月7日に「もうすでに私たちの地球(人類)は、終末に入ってしまった」ことが決定づけられたようです。
しかし、2012年5月21日の金環日食という恩恵により、「人類は滅びのベクトルから極わずかですがアセンションの方に傾いています」の方向へとベクトルが修正されています。

 この情報を伝えてきている「宇宙全史」というブログから一部編集して、書き込むことにします。
一部、ここのブログ「2012年とは?」にも取り上げましたが、金環日食という太陽系のイベントのが加わったため、内容を少々変えて書き込みます。
そして、最後の項に最新の状況を付け加えておきます。

 宇宙全史ブログ:http://mandarake.co.jp/publish/space/

● 2010/9/8 No.179

現在世界中で様々な混乱が勃発しています。
あまり日本では報道はされていませんが、ほぼ世界規模で厄災が蔓延しています・

これは予定通りの進行と考えていいのでしょうか。

月読の大神「なるべくしてなっている」
「予定通りと考えていいだろうよ」

この状況は「(膿を)早く出してしまおう」というものでしょうか、それとも「さっさと滅亡させてしまおう」というものでしょうか。

「出してしまおうの方」
「滅亡の方はそんなに急いでいないね」

出すものを出して、スッキリしてしまいましょうというところでしょうか。
それではまだどんどん出てくるんですね。

「出るね」

先月の8月10日のワークで月読の大神と交わされたこの会話が今回のお知らせの発端になりました。
いつもの何気ない会話のようでもあったのですが、この後決定的な内容が明かされます。


● 2010/9/12 No.180

それは単純な「終末論」ではなく、そこに関わる人類や地球、あるいは他の存在たちとの関係性、もっと大きくは銀河やよその星系、この宇宙全体の問題でもあるからです。
はたしてそういう認識をどこまでここをご覧になっている方たちが理解できるのでしょうか。
それでもあえてここで発表してしまうという決断をした以上、最後まで出来るだけ簡潔に書いていこうと考えています。

前回は現在世界中で多くの混乱が起きているという現状を書きました。
大雑把なものでしたが、実際はもっとはるかに多くの報道されていない事象が起きています。
それではそうした混乱は一体いつまで続くのでしょうか。

月読の大神「末期まで続く」

つまりもう沈静化するということがなく、末期(ハルマゲドンか大アセンション)までこういう状態がずっと続くということなのです。

「次から次へと出てくる」
「もう落ち着くことはない」
「区切りが終わった後は平定」

その区切りとは、今のところ私たちに教えられているのが2038年です。

「程度は抑えられるかもしれないし、また逆にさらにひどくなり加速するかもね」

それではもうすでに私たちの地球(人類)は、終末に入ってしまったと考えていいのでしょうか。

「そうだね」
「今年がその0地点ということになる」
「終末の始まり」
「厳密にいうと、分岐点があった」

それがどうも先月の8月7日だったようでした。

「8月7日に決まった」
「絶滅に向かう・・・と」

すでにここまでは前に書いていたのですが、ここではたと指が止まってしまったのでした。
実は8月7日は私の大きなカルマのひとつが抜けた日でもありました。
それでその翌日は、そのことを確認して「ああよかった」と喜んでいたのです。

またその事を月読の大神に確認すると、

「それは人類にとっても選択肢が増えたという事」
(わかりにくいのでご説明しますと、私がこの後やるであろうワークを人類が選択するかどうかはまた別の話だが、少なくとも人類にとっては選択肢が増えたことにはなるということです)

というお言葉をいただき「そうか、選択肢が増えたということはいいことだから、まあよかったのだろう」くらいに深く考えないでいたのです。
ところがどうもその部分が気になって仕方がなかったので、もう一度確認したのです。
なぜ気になったのかといいますと


● 2010/9/13 No.181

お話がややこしくなる前に少し整理しておきます。

まず人類が絶滅(ハルマゲドン)への大きな潮流を選択したのはいつだったのでしょうか。
それは1910年~1930年ほどの間に決定しています。
今から約80年~100年前の間に何があったのでしょうか(興味のある方は調べてみてください)。
色々世界的な事件はあったようですが、この間に人類は方向性として「絶滅」へのゆっくりとしたベクトルを選択しています。
しかしそこから今日まで、ゆり戻しや負荷は色々あったようです(たとえば1999年の五井先生によるゆり戻し・これで人類の14%までが一定レベルの覚醒が可能となり、1999年に小アセンションが実行されました)。
また私たちのワーク(宇宙全史)が始まり、ここでも2012年の区切りが2038年まで延期にしていただきました(しかしこの延期が私たちだけのものによるかどうかはハッキリしません)。
そこから次第にコップに水が少しずつたまっていってやがてあふれ出すように限界点をこえてしまったのが2010年8月7日だったということです。
たまっていった水は、皆さん方のエゴによる地球との乖離(かいり)、自分自身への信頼の喪失(そうしつ)などです。

私たちには現代の黙示録というものが開示されています。
そしてそれによると地球の、人類の限界点(その時点を越えるともう後戻りは出来ない)がハッキリと明示されているのです。
実際はまだ可能性(大アセンションの)は残っているのです。
本当にわずかですが、人類がそろって次の新しい境涯へ旅立つことが出来る可能性は・・・まだかすかに残っています。
しかしその限界点をこのままの状態で越えてしまうと、もう何があってもどうやってもハルマゲドンまでは一直線の運命を受け入れるしかないことになります。

その限界点が2012年の7月なのです。

この座標には多くの要素が集中しています。

月読の大神「合するね」

星の位置関係が特殊な構成になります。
それは宇宙からの応援を受け取るためですが、この太陽系の構図に太陽と地球と月が呼応して、地球が開くのを補助します。

この時地球が開くのです。

その時の現実的な事象(どういうこと)が起きるのかはまだハッキリとは決まっていませんが、公式のイベントは「地球が開く」というものです。
このときに人類がどういう境涯に至っているかで、その地球の開き方が決定されるのだと思います。
これがまずひとつ大きな歴史の流れとなるでしょう。

しかしここで私の個人的なワークが絡んできます。
本来私自身のことや、個人的なワークのことは、明確な状態になるまではあまりここではお話したくなかったのですが、どうもそうはいかなくなって来たようです。
2012年の7月・・・このときは実は地上で大きなイベントがある時なのです。
そしてそれはおそらく私の個人的なワークに関わってくるかもしれないものだったのです。

・・・
 *注  「合する」について  2012/5/22 No.1547

「分かれ目である7月を間近に控えたこの時期に金冠日食(5月21日の金環日食)があるというのは、月読の大神様のお働き、ご慈悲と何か関係があるのでしょうか」

今年は2012年という事で、本来なら終末の年でした。
それが現在はとりあえず2038年にまでのびていますが、天体の運行はすでに構築された通りに進行しています(今年は色々そういうものが多いはずです)。
そして金環日食におきましては、それが見られた(現れた)道筋をお調べになるとお分かりでしょうが、日本の場合はその線がとても重要な位置を踏んでいることがわかります。
一つには日本における要所を通っていますし、(地震活動などの)やはり地殻の要所をたどっているのです。
それまで私のワークも不発に終わり、世界はやや破滅に向かっている状況でしたが、この金環食によりそれがわずかですが逆転しています。

それは人々の潜在意識に金環食が天体からの応援(広大な宇宙という存在の確認)というものををしみ込ませています。
私たち(みわと私ですが)にはもう少し上の次元で、太陽系惑星からの強力な引力という形ですさまじいエネルギーを降ろしています。
本当はこの日にみわと私はもう一度山に入る予定でしたが、降りてきたエネルギーが強すぎて、到底山に行ける状態ではなくなってしまっていたのです。

いずれにせよ今日の時点で、人類は滅びのベクトルから極わずかですがアセンションの方に傾いています。
この後まだまだどうなるかはわかっていませんが、とりあえず金環日食のおかげで何とか7月までにめどが立ったのかと思います。
具体的には人々はネガティブな考え方からポジティブな方向にチェンジしています。
すべての人がそうではないのですが、五井先生の祈りを日々ご自分のものにしておられる方は特にその傾向が強いはずです。

さてこの金環食を月読の大神の慈悲ととらえるかどうかは皆さま次第ですが、慈悲は本来ブッダにつながる方たちのカテゴリーです。
月読の大神に慈悲がないという事ではないのですが、どちらかといいますと月読の大神は宇宙の運行を粛々と司っていくというのがお仕事のようです。
その巨大な存在がなぜこの宇宙全史のワークに関わっておられるのかはよくわかりませんが、おそらく私たちの推測をはるかに超えた思惑がそこにはあるのだと思います。

そしてそれはやがてこのワークが進行していく中で、少しずつ明らかにされていくはずです。
・・・


● 2010/9/18 No.182

現状地球は終末に入ったというお話を続けています。

しかし終わりはいつでもどこでも誰にでもいつかは訪れるものです・・・が、どうして今なのでしょか。
それは多くの方々が抱く疑問でもあり、ある種憤(いきどお)りを覚えることかもしれません。
「宇宙全史」第一巻を読んでいただくと、そこには地球生命の大絶滅がいつも突然訪れていたことが書かれています。
氷河期のように人の寿命ではかると何世代かにわたってじわじわと気温が下がっていくこともありましたが、隕石によるほぼ瞬間の絶滅というものもありました。
それらの厄災の来訪はかつては予知できる人々も多かったのですが、現代ではほぼ皆無に近いほどの現状になっています。
それほど人々は天と地につながるパイプをつまらせてしまっているといってもいいかもしれません。

私たちのワークでは、この時期にあたりいつのまにか一定の義務のような形で、人類の負荷を引き受けるというとんでもない仕事を課せられています。

月読の大神「それは最初に約束したね」

私には覚えがないのですが、覚えがないだけに反論できません(ひょっとしたらしたかも・・・くらいの感じです)
そうした負荷はいつも突然やってきます。
3日前からみわは猛烈な吐き気で、今朝(16日の朝)まで(断食をしていて)吐くものもないのに吐き続けていました。
もちろん出るのは胃液だけなので、苦しくて水を飲んで水を吐くということをしていたのです。
私の方にも同じように負荷は来ていたのですが、みわとの性格(エゴ)の違いで、そんなに深くは来なかったようでした。
その人類の負荷とは、

「やりきれなさの皮をかぶった傲慢(ごうまん)さ」

というちょっとわけのわからないものでした。
解説しますと、

「自分は何も知らないし何も出来ないということはわかっているが、わかりたくないので表面意識ではわかったふりをしつつそんなものは何になるんだというシニカル(冷笑的・皮肉っぽい態度・ひねくれた否定的な態度)を装う」

というものです。
ますますわからなくなったでしょうか。
これは今の人類の進化の壁となっている大きな障害です。
別な見方だとこういうことも出来ます。

「自分たちの無知蒙昧(むちもうまい)、至らなさを隠すためにシニカルさを装い、さらにそこに尊大さをかぶせてきている」

つまりシニカルさを装い、それがカッコいい、もしくは今風、若者風、あるいは逆に大人の常識というよろいを背負ってしまっているのです。
しかもそうするうちにそこには「倦(う)む・飽きる」という必然的な形質が付与されてしまうのです。
人類は何事においても飽きてしまっているのです。
もうやるべきことはすべてやってしまった。
あとは昼下がりの午後、夕食まで何か身にならない仕事(のようなもの)か、くだらないおしゃべりでもしながら夕食を待つだけの人生になってしまっているのです。
とにかく何もないのです。
空を眺めてもUFOを見ることもなければ、森で妖怪に会うこともなく、不思議な世界の話はおとぎ話の中だけになってしまったのです。
そしてさらにそのすべてに「恐怖」というものを抱えてしまっています。

この「恐怖」とは、

「自らの存在(アイデンティティ)を守るシニカルさがいつ崩壊するか、させられるか(元々そんなものは深いところでうそだと自分ではわかっていますから)戦々恐々としているその恐怖」

つまりエゴ(シニカルさを装っている)がその存在を脅(おびやか)かされていると感じているのです。
私たちのワークは、人類にどっぷりとたゆとう「常識」を破戒するものです。
その常識は「期間限定」「地域限定」で、何年間か日本だけ、アメリカ・その他だけで通用する「常識」です。
それ以外の地域(アフリカやアフガニスタン・その他)や時間ではまったく適応されません。
そんなことは子供にでもわかるのですが、とりあえず見ないふりをすることで自分たちの「常識」に逃げ込んでいるのです。

今回はそういう人類のエゴと対峙(たいじ)することになってしまったのです。
これからももっと色々出てくると思うのですが・・・中々大変です。

月読の大神「他のみんなもやってくれるといいんだがね」

他のみんなとは、現在アンドロメダは(みわを含めて)10体が地上に降りています。
そのうち半ば覚醒しているのがみわだけなので、こうしたワークには参加していません。
でも彼女たちが全員参加してくれたなら、随分その波及効果は大きくなるはずですし、私たちももう少し楽になるのですが・・・
しかし今は私たちの受け入れ準備が出来ていないため、それはまだ先のお話となります。

月読の大神「とりあえず一段階は終えたよ」

私たちのワークは先ほども書きましたが、この世の常識からかなりかけ離れたものに見えます。
しかしそれはいつかは人類が受け入れなければならない事実でもあるのですが。
そのためにまず最初に打ち破る大きな障壁として先述のものが出てきたのでしょうか。
ここをご覧になっている方たちは、人類の中のほんのごくわずかな人たちです。
それでもこのワークを理解しようとしている皆さんの力も今回私たちの力となったのも事実です。
本来なら「正義のために」「サタン撲滅」「神の御業の顕現のため」「人類のため」とかいうわかりやすい目標があるといいのですが、現実はそういう幼稚な段階ではとうてい今の地球をどうこうすることは出来ないようです。


2012/7/29 No.1589

月読の大神からです。

「世界の危機、世界が変わるという微妙な変化を感じている人は、ま、いるだろうよ」

どちらに変わったのでしょうか
「ちょっと厳しい方に・・・変わった」
「その波長を感じているということがあるんだろうね」

「ただまだきちんと決まったわけではない・・・ギリギリ・・本当にギリギリだね」

それでは以前に仰ったように8月の半ばまでは見るということなのでしょうか。
それとももう既に決まってしまったということなのでしょうか。
「決まった」

ギリギリということで決定したのでしょうか
「そう」

この時みわが実際の感触を伝えてきています。
みわ「本当にどっちにでも転ぶような・・・やじろべえがほんのちょっとしたバランスで揺れるような・・・そんな感じです」

なるほど「世界が変わった」ということは、やがて来るべき大アセンションとダウンアセンション(ハルマゲドン)が今ギリギリのバランスで「どちらになるか」というところで揺れているということに決まったということなのでしょうか。
それではギリギリとは、何がギリギリなのでしょうか。

月読の大神「ギリギリの悲鳴のような波動を感じ取るだけだろうからね」
「恐怖の方を感じやすいんだろうね」

でも具体的に世界は変わったんですよね。

「変わったという最終形・・・まだ・・・まだね」
「変わるという予兆を感じ取っただけだろうよ」

しかし以前からギリギリとは仰っておられましたよね。
それではあまりそこから変わっていない感じなのでしょうか。

「いやその深度が深くなって、変わったという最終形になるのが少しずつ近づいていくという形だよねえ」

じゃあまだ決定的ではないんですね。

「あなた達から見たら長いように見えるけど(こちらから見たら)本当にあっという間なんだよ」

月読の大神からご覧になるとどう見えているのでしょか?

「限りなく・・・限りなく・・・でも予定調和だよね」

予定調和とは?
決まっているということ?
どう決まっているのでしょうか。

「ゆるやかに滅んでいくということ」
「そちらの方だね」
「そちらの選択の方が、今潮流として他のより強いね」
「ただ決定的じゃないよ」

ここでしばらく間があって・・・

「あなた達はひっくり返す人たちだから・・・それはそれで楽しみ」
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太陽系創生の秘密とビッグバンの創造!

 太陽系創生の秘密とビッグバンの創造!


 それでは宇宙創生の秘密から追ってみることにします。

 私たちの太陽系は最初から銀河のこの位置(端っこ)に作られました。
基本的な用途は地球(地球という実験の惑星、ステージ)を作るために太陽系というグランドが作られました。

 1977年に打ち上げられた惑星探査船ボイジャー1号、2号は太陽系惑星の探査という本来の目的を終え現在太陽系の果てを旅立とうとしています。
このままいけば太陽系を完全に離れ、運良く近くの恒星系の引力に捕まらなければ無窮の時を経た後、はるか遠くの星雲や星系にたどり着くことができるかもしれません。
ボイジャーにはそれぞれ金属製のディスクが格納されており、そのディスクには人類の存在を示す情報が記されています。
科学者たちはどこかに存在する知的生命体がいつかそれを発見して人類の存在を知り、あわよくばコンタクトを取ってくれるかもしれないという夢と期待をディスクに込めたのでした。

 しかしその夢は永遠に果たされることはないのです。
ボイジャーは何もない漆黒の闇を旅し、早くて1億年かけてある空間にたどり着きます。
そこはサルガッソー海域(バーミューダ島の近くにある魔の海)のような宇宙の吹き溜まりになっている空間です。
ボイジャーはそのゼリー状の空間で立ち往生したままその生涯を終えるでしょう。
そこから先はないのです。
そこから先の存在がないのです。

 私たちは囲われた、シールドされた時空間に存在する太陽系の地球という惑星に住む存在です。
そのシールドは銀河系の大きさ(直径10万光年)を持ちますが、その中には太陽系以外のものは何も存在しません。
私たち人間は何らかの理由でその中に閉じ込められ、その中である一定の水準に達するまで地球という惑星の中で学びを求められている存在でもあります。
地球という惑星は私たちが想像するよりもかなり特殊な存在です。
それはある意味実験の星でありゴミの星でもあります。

 私たちが生存するこの宇宙には名前があります。
私たちはたとえ閉じ込められているとしても、その外には私たちの太陽系を含む銀河系があり、その銀河星雲を包括する銀河団があり、またその銀河団を構造体とする大規模構造の宇宙があります。
それをオーム宇宙といいます。
存在の中にはこのオーム宇宙のような宇宙が数限りなくあります。
いまとりあえずご説明しなければならないのは、この私たちのオーム宇宙の中には私たちと同じような学びをする惑星が私たちを含めて9個あります。
そしてここが問題なのですが、この宇宙で「物質体」であるという存在はこの9個の惑星だけなのです。

 皆様方は夜空の星を眺めて、あるいは天文学者なら望遠鏡で太陽系外の星を観測して、それを地球にある物質と同じ元素記号でできた物だと思い込んでおられますが、それは間違っているのです。
この宇宙で私たちと(ほとんど)同じ物質という形で存在する星は、9個しかないのです。
つまりほとんどゼロに近いのです。
それではあの夜空に見える星々は一体何なのでしょうか。

 私たち以外の存在……夜空の星々はすべて私たちとは異なる波動を持つ物質体なのです。
それでは「異なる波動を持つ物質体」とはどういうものなのでしょうか。
今分かりやすくするために「物質体」と申し上げましたが、実は「物質体」の方が特殊な存在で、本来ある形態は魂魄(エクトプラズム)という形の様々な波動の在り様なのです。
そういう言い方のほうが普遍的かもしれません。
しかし本来は「魂魄」も物質に近い租い波動のエネルギーを指すものですから、あまり正確とはいえないのですが、私たち人類は直接それを指し示す言葉を持たないのです。
造語すればよいのでしょうが、あまり複雑にしたくないのでなるべく既存の言葉で対応してまいります。

 今、私たちが生存する物質世界以外の世界は、異なる波動を持つ魂魄体として存在します。
そしてその存在は実は私たちがすでに幽界、霊界、あるいは神界と呼称して来ていた「あの世」と同じレベルの者なのです。
神智学的に申しますと、アストラル体、メンタル休、コザール体等です。
なんと呼んでもいいのですが魂魄波動という難しい字を使うより「物質波動」の方がとりあえず今の人類にはわかりやすいのでここでは物質波動で統一します。

 そういたしますと太陽系の外はすべて霊界もしくは幽界、神界なのでしょうか。
結論から申しますとそうなのです。
しかし霊界や幽界を私たちは見ることができません。
なのになぜそれと同じ存在である太陽系以外の宇宙の星々が私たちの目に見えるのでしょうか。
それはそういうように操作されているのです。
この私たちの世界は物質波動の周波数が250~450レベルという帯域に設定されております。
つまり、その範囲のものを見ることはできますが、それ以外の波動領域のものは存在しても私たちの肉体では見ることも感じることもできません。
そして太陽系の外の宇宙から来る光は600レベルのものまでを上限として、この世界の基準に合わせて変換され私たちの目に届いています。
ですから私たちは夜空の星々を見上げている時(変換はされていますが)霊界や幽界を見ているのです。
そしてこの変換回路は光だけではなく、重力や磁力、その他の真空伝達要素のほとんどをこの基準で変換して私たちに届けています。

 現在天文学者の間では、ダークマターといわれる「宇宙暗黒物質」が重要視されています。
天文学者たちは私たちが目で観測する(電波でもいいのですが)宇宙には、いまだ観測しきれていない物質が見えているものよりはるかに多いことを予測し、実際に観測もしております。
目に見えない観測できないものをどうやって観測したのかと申しますと、光(電磁波)は観測できないのですが、重力は観測できる(という前提の下に)観測してみたら……実際に結果が出た(ダークマターが観測できた)……ということです。
ですから、この観測結果も(重力は観測できる)という前提の下に出た結果ですので、部分的なものといえなくもないですが、それでもある程度の事実の解明は果たしているものと思われます。

 これは宇宙の中の物質波動レベル200~600レベルまでの物の中で更に今の私たちのレベルでは感知し得ない何かということなのです。
つまり、ダークマターは「宇宙における物質以外の存在」……つまり幽体や霊体がその正体だと単純に思ってしまいそうです。
しかし実は物質波動レベルが私たちに見える範囲のもの以外のものは、まったく感知しない(重力も)ということです。
重力による観測結果であるダークマターの存在は、明らかに目に見える範囲の存在の中の「いまだ感知し得ないもの」なのです。

 このオーム宇宙全体の質量と私たちが観測可能な領域の質量の比は重力が関係する以上、対比は不可能ということになります。
その行き詰まりを打開するためには、別な角度から対比する必要が生じます。
つまり、地球における物質の質量というものが、この宇宙では決して普遍的なものではないということだと思います。
それでは、「質量」という要素から「エネルギー」(相対性理論では同じもののようです)という要素に変えて対比させるとエネルギー比は「1対10000」になります。

 つまり私たちが見ている宇宙の1万倍のエネルギー(質量)が、いまだこの宇宙には隠されているのです(それでも宇宙全体ではなく、領域が限られた範囲の質量なのです)。


 さて太陽系はどのように創造されたのでしょうか。

 太陽は今から4579億年前に創造が始められました。

 ほぼ今の太陽の位置に最初ホワイトホールを出現させ、そこから他の世界から集めた物質を放出し10キロメートルほどの大きさの黒い塊を造りました(ホワイトホールとは空間に開いた穴のような存在で、穴の先は私たちの宇宙とは別の世界、もしくは同じ宇宙の離れた空間になっています)。
ちょうどブラックホールの出口のようなものとお考え下さい。
今の科学ではブラックホールとホワイトホールは入り口と出口と思われていますが、実際はその両方を同時に備えた奇妙な構造を持っています。
別の宇宙から持ってこられたエネルギー(形態としてはエネルギー状態で運ばれてきます)が、ホワイトホールの吐き出し口の前段階で私たちの宇宙空間になじむように物質体に変換され、ホワイトホールから吐き出されます。

 太陽の場合、この塊は非常に重い比重の塊で、約55程の比重がありました(重い鉛で11程ですから相当重いものです)。
ホワイトホールとブラックホールは各宇宙間の循環サイクルのパイプ役をしていまして、常にあらゆる宇宙とつながりエネルギーの循環システムを構築しているのです。
また単なる循環ということだけではなく、星はすべて基本的にこういうやり方で作られているようです。

 そこに周りにあった宇宙空間の塵やガスが集まってきます。
中心にあるホワイトホールからは物質が供給され続け、周りの宇宙空間からは集塵をし続けて今から547億年前太陽はある一定の大きさと質量を持つことで核融合を始めます。
つまりそれまでは黒い塊に過ぎなかった星が輝きだしたのです(太陽が核融合を始めた瞬間ホワイトホールは撤収されています)。

 太陽の誕生でした。
それにしても太陽が輝きだすまでは4000億年以上もかかっています。
あまりにも長すぎると思いますが、「創世のリズム」というのが厳然としてあり、早ければいいというものでもない。
ただ時間に関しては人間時間に変換してあるだけで、逆算したらそうなったという形である。
それをどう感じるかは人類の問題なのでしょう。

 このように、オーム宇宙に長い年月を要して太陽系が創造されてきたのです。
しかし、現代物理学では「太陽系の外はすべて霊界もしくは幽界、神界」であることを認識できないために、宇宙は137億年前に突然「ビッグバン」により真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論を前面に出して(ヒッグス粒子の確認)、現代宇宙論(大統一理論)を恣意的に宣伝しているのかもしれません。

ヒッグス粒子の「他の働き」?

「ヒッグス粒子発見!」というニュースが世界的な規模で巻き起こっています。

 ウィキペディアからの抜粋です。
・・・・・
 ヒッグス粒子とは、ヒッグス場の「場の粒子」である。ヒッグス場とは、素粒子に質量を与える理由を説明するヒッグス機構の理論で導入された場である。
ヒッグス機構は、1964年にエディンバラ大学のピーター・ウェア・ヒッグスによって提唱された自発的対称性の破れの考えに基づく理論仮説である。

 質量を持つことが禁止されているはずの電弱ボゾン(そのうち光子を除くウィークボソンW+・W-・Zが現実には質量を持つ)、および質量を持つことが不自然と見なされる荷電レプトンおよびクォークに対して、ヒッグス機構がそれらの質量獲得を説明している。

 ヒッグス機構では、宇宙の初期の状態においてはすべての素粒子は自由に動きまわることができ、質量を持たなかったが、低温状態となるにつれ、ヒッグス場に自発的対称性の破れが生じ、宇宙全体に真空期待値が生じた(真空に相転移が起きた)と考える。これによって、他のほとんどの素粒子がそれに当たって抵抗を受けることになった。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量となる。質量の大きさとは、真空期待値が生じたヒッグス場と物質との相互作用の強さであり、ヒッグス場というプールの中に物質が沈んでいるから質量を獲得できると見なすのである。光子はヒッグス場からの抵抗を受けないため相転移後の宇宙でも自由に動きまわることができ質量がゼロであると考える。

 ニュース等では「対称性の破れが起こるまでは質量という概念自体が存在しなかった」などと紹介される事があるが、正確ではない。電荷、フレーバー、カラーを持たない粒子、標準模型の範囲内ではヒッグス粒子それ自体および右巻きニュートリノはヒッグス機構と関係なく質量を持つことが出来る。また、重力と質量の関係、すなわち重力質量発生のしくみは空間の構造によって定められるものであり、標準模型の外部である一般相対性理論、もしくは量子重力理論において重力子の交換によって説明されると期待される。

 ヒッグス粒子の存在が意味を持つのは、ビッグバン、真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論の重要な一部を構成するからである。もしヒッグス粒子の存在が否定された場合、標準理論(および宇宙論)は大幅な改訂を迫られることになる。
・・・・・


「物質にはなぜ質量があるのか」

 この根源的な謎の解明に最初に道筋をつけたのが南部陽一郎博士である。
ヒッグス粒子のアイデアは南部博士の「自発的対称性の破れ」が基になっている。

「南部理論を別の表現で表したのがヒッグス粒子のメカニズム」

 2008年のノーベル物理学賞を受賞した南部理論によると、相転移が起こると、クォークとその反粒子である反クォークが対になり、ヒッグス粒子と同じように空間を満たしたとされる。陽子や中性子の中で3個のクォークはゴムで連結されたような状態で激しく動き回っている。それがクォークと反クォークの対で満たされた空間を進むときに、クォークと反クォークの対と衝突して動きにくくなる。この対がヒッグス粒子と同じ役目を果たすことで、残りの98%分の質量が生まれたとされる。

 南部博士がこの理論を考えたきっかけは超電導現象だった。ある物質を非常に低い温度に冷やすと電気抵抗がゼロになる。これは、電子が2つ対となって固まることで相転移を起こし、周囲の原子の電気的な影響を受けなくなるためだと説明される。

 磁石にN極とS極が発生することも、同様のメカニズムで説明できる。磁石を形づくる個々の粒子には、それぞれ小さな磁石としての性質がある。熱く熱せられた状態では、小さな磁石はバラバラな向きを向いている。それが冷えてくると、相転移によって隣り合った磁石同士が同じ方向を向こうとするようになり、やがて全体の向きがそろって固定されて磁石になる。いずれもきっかけは対称性の自発的な破れだ。

 南部博士はこの考え方を素粒子の世界にも応用できることに気づいた。「電気抵抗がゼロ」になることと「真空中の抵抗によって質量が生じる」ことは正反対に見えるが、同じ考え方で説明できる。

 万物の質量の起源とされるヒッグス粒子だが、実は同粒子で生まれる質量は物質全体の2%にすぎない。物質を分子、原子、原子核、陽子や中性子と細かく分割していくと、最後にはクォークと呼ぶ素粒子に行き着く。6種類あるクォークは宇宙誕生の大爆発であるビッグバンの直後、みな光の速さで飛び回っていた。宇宙が冷えてくると、クォークにブレーキをかける力が生じ、質量を獲得した。これはヒッグス粒子の働きによるものだ。

 物質の原子核を構成する陽子や中性子はクォークが3つ結びついている。陽子はアップクォークが2個とダウンクォークが1個、中性子はダウンクォーク2個とアップクォーク1個でできている。しかしクォーク3個分の質量は陽子や中性子の質量のわずか2%にしかならない。他にも質量を生み出す仕組みが必要になる。それを説明するのが南部理論だ。


 「宇宙に興味のある方のために小話をひとつ」

 昨今「ヒッグス粒子発見!」というニュースが世界的な規模で巻き起こっていますが、このヒッグス粒子のお話です。
簡単にご説明いたしますと、
「この宇宙の初めごろには物質には質量がなかった」
「そのため原初には物質は何にも邪魔されずに自由に飛び回っていた」
「それでは宇宙の秩序というものが造れない、もう少し物質が落ち着くようにということで・・・」
「物質に質量(重さのようなものです)を与えるためのものとしての、ヒッグス粒子というものがあった(はず)という推論がヒッグス博士によってずっと前から提唱されていました」

「その仮想粒子が最近発見されたということで、世界中が大騒ぎになっているのです」

  このヒッグス粒子について調べてみました。
まずヒッグス粒子という呼称が適格かどうかは別にして、そのような働きをする存在は実在していました。
ただそのものは「物質に質量を与える」という作用だけではなく、もっと他の作用も持ち合わせていました。

もう一つヒッグス粒子は過去のもので、その働きを実際にしていたのは、この宇宙が創られた本当に最初の時だけでした。
つまり(科学者がいうところの)ビッグバンの時だけにその働きは作用し、その後はほぼ消失しています。
ですから現在あるヒッグス粒子は、その時の残滓のようなもので、ほとんど存在していないといってもいいようです。
実際にそれを観測しようとすると「無理やりひねり出さないと」観測できないような存在なのです。

だから中々観測できないものだったのです。

 またすでに書きましたが、このヒッグス粒子の作用は、この宇宙ではすでに終了していまして、現在はその活動を停止しています。
またエネルギーを濃くすることで物質を創生するというようなやり方で、新たな物質を造ったとしても、その物質にはすでに質量があるものとして出現してきます。
これは原初の時に規定されたものがそのまま適応されているということのようです。
なお現在のヒッグス粒子は、経年劣化のためその作用は衰えており、提唱されているような「物質に質量を与える」という働きは顕著に見ることは出来ません。

 今後はこのヒッグス粒子の「他の働き」が解明されると、もう少しこの宇宙の有り様が明確になっていくはずです。
 
 ここを科学者が見ていると大変参考になると思うのですが・・・まあ見ていないでしょうね。


 ヒッグス粒子の存在がこれほどまでに期待されているのはなぜでしょうか?

 WIKIで紹介されているように、ヒッグス粒子の存在自体が、ビッグバンにより真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論の重要な一部を構成するからであり、もしヒッグス粒子の存在が否定された場合、標準理論は大幅な改訂を迫られることになります。
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「時間旅行」とは?・・・過去と未来が「今」と繋がっているとすると、過去を替えることが出来るならば、未来も替える事が可能と成るはずです。
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