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アインシュタインの「質量不変の法則」を変えると?

前回は、物質について述べましたが、我々が一般的に示している3次元とはどういうものなのでしょうか。

物質が存在するためには、空間3次元と時間という(3+1)次元の時空間を設定しなければなりません。そしてこの時空間は3次元座標(x、y、z)に時間(t)という1次元を加えることを大前提として物理学が発展してきました。

この感覚は、今までの古典力学と数学という組み合わせの中で次元を設定しようとした場合に、最も物理学者・数学者の両方を納得させるものだったのです。

しかし、前回にフラクタル次元の話をしましたが、このフラクタル次元という立場から考察すると、空間次元の3次元については納得できますが、時間に関しては不満が残ってしまいます。

なぜなら、原子核や電子を考慮した現代物理学の立場で「物質」を観察した場合、この物質は原子核の中の陽子・中性子の運動、そして電子の運動が中心になります。
この原子の構成は地球上の物質、すなはち個体・液体・気体の3つの状態の全てに関係し、しかも個体の状態にあっても原子核や電子は運動しているのです。

この運動することに当然のごとく回転(スピン)という時間を伴った動きが現れます。そして、このスピンに関わってくる素粒子がニュートリノなのです。

また、素粒子のスピンに関しては右巻(+)と左巻(-)の2通りあることが知られていますので、この2通りを時間次元とすると(+・-)の2次元として捉えても良いのではないでしょうか。

そうしますと、物理的な時空間は物質3次元プラス時間2次元の5次元まで拡張することが可能です(ここでは実数次元について述べているのですが、虚数次元の時にもスピンが絡んできますので+・-の2次元としておきます)。

さて、ここまで述べてきた次元構造ではフラクタル次元などは存在しなくても良いように思われます。しかし、現代物理では物質の状態にプラズマ状態という第4の状態が加わってきています。

この状態が地球の磁気圏とも関係して、非常に複雑な状態をこの地球上に及ぼしています。この磁場には必然的に電場を伴われています。そして、この電磁場には「光」と「波動」はこれまた切っても切れない関係があります。

20世紀になってアインシュタインの提唱した、「光速不変の法則」が現代物理学では常識のようになっております。しかし、この「光」と「波動」において、片方の「光」だけを不変にしてしまったために「波動」だけが変化しなくてはいけない状況が生まれてしまいました。

はたして、このようなことが在っても良いのでしょうか?

さて、これからフラクタル次元の話に入っていくわけですが、このフラクタル次元を導入するにあたって、どうしても必要なことが二つあります。一つ目は、プラズマ状態という物質の第4の状態です。
そして二つ目が、先ほどの「光」と「波動」なのですが、この「光と波動」を同等の二つの状態として考えると次元構造にどのような変化が生じてくるか、ということです。

以上の二つの条件には、どちらとも電磁場が関係してきます。この電磁場を見直すことで、今までの物理学的概念を根本から書き改めていく必要性が、このフラクタル次元に潜んでいます。

今回はここまでとします。
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「ミスナー空間」とタイムトラベル

 前回は、この言葉で終了しています
「タイムトラベルは、物理学の基本法則に反するのだろうか?」


 一九九二年、スティーヴン・ホーキングは、このタイムトラベルの問題に最終解答を与えようとしました。直感的に、彼はタイムトラベルの可能性を否定し、時間を行き来する旅が休日のピクニックぐらい簡単にできるのなら、未来から来た観光客がわれわれを眺めて写真でも撮っているはずだと考えたのです。

 しかし、物理学者はよく、T・H・ホワイトの大河小説『永遠の王』の一節を引縫合いに出します。アリの共同体が「禁じられていないものはすべて強制である」と表明しているくだりです。
 要するに、タイムトラベルを禁じる物理学の基本法則がないのなら、タイムトラベルは必ず物理的に可能だというわけです。

 これに対しホーキングは、「宇宙検閲仮説」なるものを提唱しました。タイムトラベルを妨げ、それゆえ「歴史を歴史家の安心できるものにする」仮説です。これによれば、タイムトラベルはある種の物理学的原理に反するので不可能ということになります。

 このホーキングの「宇宙検閲仮説」の問題は、ブラックホールや裸の特異点が顔を出す時には必ず話題に上ります。前々回にも書きましたように、ホーキングが負けを認めたのですが、今回は、真空に出入りする微小な泡、すなはち、微小なワームホールやベビーユニバースについて、宇宙検閲仮説を検証してみます。

 ワームホールの解はひどく扱いにくいため、ホーキングは単純化した宇宙の分析から議論を始めました。その宇宙はメリーランド大学のチャールズ・ミスナーが見つけたもので、タイムトラベルに必要な要素がすべて含まれていました。

misuna.jpg
図:ミスナー空間
ミスナー空間では、たとえば寝室が全宇宙になる。向かい合う壁がすべて同一になり、一方の壁に入るとそのまま反対の壁から出てくるのだ。同様に天井も床と同一である。ミスナー空間は、ワームホールと同じ空間的構造をもちながら数学的にはるかに扱いやすいので、よく研究対象となる。壁が動けば、ミスナー空間でタイムトラベルも可能になる。

 この「ミスナー空間」は理想化された空間で、そこではたとえば寝室が全宇宙になるのです。寝室の左側にある壁の各点が、右側にある壁の相対する点と同一だとしてみましょう。すると、左側の壁に歩いて行っても、ぶつかって鼻血を出す羽目にはならず、壁をすり抜けて右側の壁からまた寝室に出てこられるのです。左側の壁と右側の壁は、ある意味で円筒の面のようにつながっているのです。
 さらに、前の壁の点が後ろの壁の点と同一で、天井の点と床の点も同一としてみましょう。そうなると、あなたはどの方向へ歩いても壁をすり抜けて寝室へ戻ってきてしまいます。つまり部屋から抜け出せなくなり、まさに寝室が全宇宙になるのです。
 そしてまたなんとも奇妙なことに、左の壁をよく見ると、実は透明になっていて、そっくり同じ寝室が見えるのです。しかも、その寝室にはあなたのそっくりさんもおり、ただしこちらに背中を向けていて前は見えません。上や下を見ても、やはりあなたのそっくりさんが見えるのです。それどころか、前後にも上下にも無限にあなた自身の姿が続いているのです。
 ただし、あなた自身との対面はとうていできません。振り返ってそっくりさんたちの顔を見ようとしても、彼らも振り返るので顔を合わせられないのです。しかし、寝室がかなり狭ければ、壁に手を突っ込んで目の前のそっくりさんの肩をつかむことができます。すると、あなたは背後のそっくりさんにも肩をつかまれてぎょっとするでしょう。また、左右の手を伸ばして両隣のそっくりさんの手をつかむこともでき、このとき無限に続いているあなたが手を握り合うことになるのです。結局のところあなたは、宇宙をぐるりと一周して自分と手をつないでいるのです。

 ミスナー空間で、周囲の壁があなたに迫ってくる場合を考えてみると、実に面白いことになります。たとえば寝室がつぶれていき、右の壁が時速2キロメートルであなたに近づいてくるとします。あなたが時速2キロメートルで左の壁を抜けると、動いている右の壁から戻ってくることになりますが、このとき時速2キロメートルが加わるので、あなたの速度は時速4キロメートルになるのです。ふたたび壁を抜けると、やはり右の壁から出てくるときに時速2キロメートルが加わり、あなたの速度は時速6キロメートルになる。このようにミスナー空間の宇宙を何巡もすると、あなたの速度は時速6キロ、8キロ、10キロと増えていき、やがては途方もない速度になって光速に近づくのです。

 ある臨界点に達すると、あなたはこのミスナー空間をあまりに速く動きすぎて、時間を逆戻りしてしまいます。しかも、時空のどんな過去の点へも行くことができるのです。ホーキングはこのミスナー空間を念入りに調べました。その結果、左の壁と右の壁が、数学的に見て、ワームホールのふたつの口とほとんどそっくりなことに気づいたのです。つまり、寝室はワームホールと似ていて、左の壁と右の壁は、そっくり同じであるワームホールのふたつの口に対応しているのです。

 それからホーキングは、このミスナー空間が古典論的にも量子力学的にも不安定であると指摘しました。たとえば左の壁を懐中電灯で照らすと、光は右の壁から出てくるたびにエネルギーを増していきます。こうして動く壁による青方偏移を起こしながらエネルギーを増す光は、ついには無限大のエネルギーに到達することになりますが、それはありえません。ありえるとすると、途方もないエネルギーに達した光がそれ自身の莫大な重力場を生み出し、寝室を--ひいてはワームホールを--押しつぶしてしまうからです。

 したがって、ワームホールは、あなたが入ろうとするとつぶれることになります。また、空間に含まれるエネルギーや物質の量を示す、エネルギー運動量テンソルというものも、放射が二枚の壁を無限回通り抜けるので、無限大になります。

 ホーキングには、これがとどめの一撃となるように思えました。量子論的な放射の影響が次第に増して無限大に発散し、タイムトラベラーを死なせ、ワームホールが閉じてしまうだろうと。

 ホーキングがそれを論文に記して以後、彼の提起した発散の問題は物理学界で盛んに議論され、宇宙検閲仮説について賛否両論を呼んだのです。何人かの物理学者は、大きさや長さなどを変えて適切なワームホールを選ぶことで、ホーキングの証明に抜け穴を見つけはじめました。
 エネルギー運動量テンソルが、一部のワームホールの解では確かに発散するが、ほかの解では明確な値をもつことを明らかにしたのです。

 ロシアの物理学者セルゲイ・クラスニコフは、さまざまなタイプのワームホールに対してこの発散の問題を検討し、「タイムマシンが不安定でなければならないことを示す証拠は微塵もない」と結論しました。
 そのまま流れがホーキングに不利な方向へと傾くなか、プリンストン大学の物理学者リー・リシンは、「閉じた時間的曲線の出現を妨げる物理法則はない」という反宇宙検閲仮説まで打ち出した。

 一九九八年、ホーキングは多少の退却を余儀なくされたのです。その際にこう書いています。「エネルギー運動量テンソルが(ある種のケースでは)発散しないという事実は、逆反応が宇宙検閲を強制しないことを示している」これは、タイムトラベルが可能だというわけではなく、われわれの理解がまだ不完全だという意味にすぎません。
 物理学者のマシュー・ヴィサーは、ホーキングの仮説の失敗を、「タイムトラベルの信者を擁護するものではなく、宇宙検閲の問題を解決するには量子重力理論を完成させなければならないことを示すものだ」と見ています。

 現在ホーキングは、タイムトラベルは絶対に不可能だとは言わず、ただ非常に実現の可能性が低いとだけ言っています。確かにタイムトラベルができる見込みはきわめて薄いようです。だが、その見込みを完全には排除できません。
 正と負のエネルギーをなんとか大量に利用して安定性の問題を解決できたら、タイムトラベルは本当にできる可能性があるのです。

 ー九九一年、プリンストン大学のJ・リチャード・ゴット三世が、アインシュタインの方程式に対し、タイムトラベルを可能にするもうひとつの解を提示しました。彼のアプローチは興味深いものです。というのも、回転する天体や、ワームホールや、負のエネルギーをかなぐり捨てて、まったく新しい角度から取り組みだしたからです。

 ゴットは、宇宙論を研究していて、多くの理論で予言されているビッグバンの遺物「宇宙ひも」に関心を抱くようになりました。宇宙ひもの太さは原子核の直径にも満たないようですが、質量は恒星並みで、空間に何百万光年も伸びていると考えられています。
 ゴットは、アインシュタインの方程式に、宇宙ひもの存在を許す解を初めて見出しました。だがそこで、その宇宙ひもについて奇妙な点に気づくのです。

 宇宙ひもを互いに近づけると、衝突する直前、これを使ってタイムマシンができるのです。まず彼は、衝突しかけている宇宙ひもを迂回してぐるりと一周した場合、空間が縮まり、奇妙な性質が現れることを見出しました。
 たとえばテーブルのまわりを一周するとして、そのあいだに回る角度は360度になります。しかし、互いにすれ違おうとしている二本の宇宙ひものまわりを宇宙船で一周すると、空間が縮んでいるので、回る角度は360度より少なくて済みます(これは円錐の空間的構造である。円錐面を一周する場合、面を展開してみるとやはり回る角度は360度より少ない)。

 したがって、二本のひものまわりを高速でめぐれば、全体の距離が見かけより小さいため、なんと光速を超えられる可能性があるのです。それでいて、特殊相対性理論にも反しません。宇宙船を基準とする座標系では光速を超えていないからです。

 ところでこれは、衝突しかけている宇宙ひものまわりをめぐると過去へ行けるということでもあります。
 ゴッドはこう振り返っています。
「この解を見つけたとき、すっかり興奮した。解には、光速より遅い速度で運動する正の密度をもつ物質しか使っていなかった。これに対し、ワームホールの解には、エキゾチックな負のエネルギー密度をもつ物質(無より軽いもの)が必要なのだ」

 とはいえ、タイムマシンにはとてつもないエネルギーが必要になります。

 宇宙ひもは存在するとしてもまれで、衝突しかけている宇宙ひもとなるとさらに少ない、と指摘する批判もありました。
 そこでゴットは次のように考えたのです。高度な文明は、宇宙空間に一本の宇宙ひもを見つける。彼らは、巨大な宇宙船と道具を使って、そのひもを少しひしゃげた四角形のループにする。そしてこのループがそれ自体の重力によってつぶれると、宇宙ひもの二辺が光速に近い速さですれ違う可能性があり、一時的にタイムマシンができるというわけである。

 ただしゴットもこのように認めています。
「一周して一年さかのぼれるだけの大きさをしたつぶれるループは、銀河全体の半分以上におよぶ質量、すなはちエネルギーをもつことになる」


 今回は、ワームホールを追求することで「タイムトラベル」の可能性を探ってきました。しかし、そこには「宇宙ひも」という不可思議なものが出現してしまいました。

ワームホールとタイムトラベル

 前回で「タイムトラベル」シリーズはとりあえず終了したのですが、カー・ブラックホールが中心となり、閉じた時間の環(CTL)とペンローズ図が中心となってしまいました。このCTLに沿って進めば、やがて自分のいた過去の世界に行き着くことになるでしょう。
 もし、そうなれば、原理的にタイムマシンをつくることは可能となるはずです。しかし、それにはCTL構造をもった通路としての四次元時空をつくりださなくてはなりません。
 「タイムトラベル」シリーズでは、タイムトラベルの通路としてのブラックホールを中心として書いてきました。タイムトラベルですから、場所の設定は地球以外考えられません。しかし、この場所設定を地球外の天体として設定できないのでしょうか。

 今回は、宇宙船に乗って、宇宙へと飛び出してみたいものです。


 一九八五年、天文学者のカール・セーガンが、小説『コンタクト』を執筆中、ヒロインが恒星ヴェガまで旅行できる方法を具体的に考えようとしました。それには、ヴェガまで行くだけでなく、地球へ戻ってくる往復の旅ができなければならず、ブラックホールの作るワームホールでは帰ってこられないので不可能ではないのかという疑問を持ちました。した。
 そこでセーガンは物理学者のキップ・ソーンに助言を求めています。これをきっかけにソーンは、アインシュタインの方程式に、それまでの多くの問題を回避してタイムマシンを使った「タイムトラベル」ができるような新しい解を見つけ、物理学界に衝撃を与えました。

 一九八八年、同僚のマイケル・モリスとウルヴィ・ユルツェヴァーとともに、「エキゾチックな負の物質」や「負のエネルギー」といった不可解な物質やエネルギーをどうにかして入手できれば、タイムマシンが作れることを明らかにしたのです。

 世の物理学者は当初、この新しい解に懐疑的な見方を示しました。エキゾチックな物質などだれも見たことがなかったし、負のエネルギーはほんのわずかな量しか存在しないからです。それでも、この解はタイムトラベルを考えるうえで突破口を切り開いたのです。

 負の物質や負のエネルギーには大きな利点があります。それらのおかげでワームホールが通行可能になり、事象の地平線を気にせずに往復の旅ができるようになるのです。それどころか、ソーンらは、そうしたタイムマシン(タイムワープする宇宙船)での旅行が、旅客機に乗っていて感じるストレスと比べてもずっと快適かもしれないことに気づきました。

 しかし、問題がひとつあります。それは、エキゾチックな物質(つまり負の物質)が非常に奇妙な性質をもっているのことです。反物質は存在が知られ、地球の重力場で地面に向かって落下するはずですが、これと違い、負の物質は上へ向かうのです。
 反重力をもつため、地球の重力を受けると浮上するのです。負の物質は、通常の物質にも、ほかの負の物質にも、引きつけられはせず斥けられます。したがって、たとえ存在したとしても、自然界で見つけるのはきわめて難しいのです。

 四十五億年前に地球ができたとき、地球上の負の物質はすべて深宇宙へ飛んでいってしまったでしょう。だから負の物質は、どんな星からも遠く離れた宇宙空間になら浮かんでいるかもしれません(負の物質は通常の物質と反発するので、通りかかる恒星や惑星にぶつかることはないでしょう)。
 負の物質は見つかっていません(そして存在しない可能性も高い)が、負のエネルギーは、きわめてまれではあっても物理的に存在できます。

 一九四八年、オランダの物理学者ヘンドリック・カシミールは、二枚の帯電していない金属板を平行に置くと負のエネルギーが生まれる可能性があることを示しました。
 ふつうに考えれば、二枚の板は帯電していないのだから静止したままのはずです。ところがカシミールは、この帯電していない平行な板のあいだに非常に小さな引力が働くことを明らかにしました(カシミール効果)。

 一九五八年、この微弱な力が実際に測定され、負のエネルギーの実在が確かめられました。このカシミール効果は、真空がもつ奇想天外な性質によるものです。
 量子論によれば、空っぽの空間には、無から生まれたり消えたりする「仮想粒子」に満ちています。これはエネルギー保存則に反しますが、ハイゼンベルクの不確定性原理により、非常に短い時間ならば、古典論の法則を破ることも許されるので可能です。

 たとえば電子と反電子(すなわち陽電子)が、不確定性原理により、無から生まれて出会い、対消滅するという確率はわずかながらあるのです。しかし平行な板のすきまは非常に狭いため、仮想粒子はそのすきまに生じにくい、つまり、板のすきまより周囲のほうが仮想粒子は多くなるので、結果的に平行な板を両側からわずかに押す内向きの力が生じるのです。
 この効果は、一九九六年、ロスアラモス国立研究所のスティーヴン・ラモローが厳密に測定しました。測定で確かめられた引力は非常に小さく、アリの三万分の一の重さに相当する程度だったのです。しかし板のすきまを狭めれば、引力は大きくなります。

 いよいよ、ソーンがイメージした宇宙船の仕組みを示す時が来ました。高度な文明はまず、二枚の板をきわめて小さな間隔で平行に配置します。次にこの平行な板を球に変形すると、二重の殻をもつ球ができます。そうした球を二つ作り、そのあいだにどうにかしてワームホールを張りわたせば、ふたつの球が空間的なトンネルでつながります。このときそれぞれの球はワームホールの口を覆っていることになります。

 通常、ふたつの球で時間は同期して流れます。ところが、片方の球を宇宙船に乗せて亜光速で飛ばすと、宇宙船では時間の流れが遅くなるので、ふたつの球の時間はもはや同期しなくなります。宇宙船の時計は、地球の時計よりも遅く時を刻むのです。そこで地球側の球に飛び込むと、ふたつの球をつなぐワームホールに吸い込まれ、宇宙船側の球から出ることができる。出た先の宇宙船は、地球より過去の時間なのです(ただし、このタイムマシンでは、マシン自体を作ったときより過去へは行けません)。

 ソーンの解は、発表されると一大センセーションを巻き起こしましたが、実際にそのタイムマシンを作るには、高度な文明にとっても大きな障害があります。まず、きわめて希少な負のエネルギーを、大量に手に入れる必要があるのです。

 この種のワームホールでは、口を開けておくのにぼう大な負のエネルギーが必要です。カシミール効果で負のエネルギーを作るとしても、その効果は非常に小さいので、原子よりずっと小さなサイズのワームホールしかできず、ワームホールを通る旅は現実的でなくなります。カシミール効果以外にも、負のエネルギーを生み出す手だてはあるのでしょうが、どれも実現は非常に難しいのです。

 たとえば物理学者のポール・デイヴィスとスティーヴン・フリングは、高速で鏡を動かすと負のエネルギーが生じることを明らかにしました。動く鏡の前面に負のエネルギーがたまっていくのです。だが、負のエネルギーを得るには、鏡を光速に近いスピードで動かす必要があり、しかも、カシミール効果と同様、生じる負のエネルギーはわずかです。

 負のエネルギーを引き出す方法には、高出力のレーザー光線を利用するものもあります。レーザーのエネルギー状態には、正のエネルギーと負のエネルギーが共存する「スクイズド状態」があるのですが、この効果を利用する手段も実現は至難の業なのです。
 一般に負のエネルギーのパルスは10の-15乗秒間しか持続せず、そのあとに正のエネルギーのパルスが続きます。そんななかで正のエネルギー状態と負のエネルギー状態を分離するのは、不可能ではないがきわめて難しいことです。

 最後に、ブラックホールも、事象の地平線の近くで負のエネルギーを生み出すことがわかっています。ジェイコブ・ペッケッスタインとスティーヴン・ホーキングが示したように、ブラックホールは、少しずつエネルギーを「蒸発」させているので完全にブラック(黒)ではありません。
 不確定性原理によって、ブラックホールの途方もない重力から放射が漏れ出るトンネル効果が生じているのです。
 その一方で、ブラックホールは蒸発によりエネルギーを失うため、事象の地平線は次第に縮小するのです。一般に、ブラックホールに正の物質(恒星など)が放り込まれると、事象の地平線が広がり、反対に、負の物質が放り込まれるとすれば、事象の地平線は縮小することになります。
 したがって、ブラックホールの蒸発は、実質的に事象の地平線の近くに負のエネルギーを生み出す現象なのです。

 ホーキングは、一般に負のエネルギーが、あらゆるワームホールを安定させるのに必要なことを明らかにしました。理屈は簡単です。正のエネルギーは、物質やエネルギーを集約するようなワームホールの開口部を作ります。
 だから光はワームホールに入るときに収斂します。ところが、この光がワームホールの向こう側から出るときには、ワームホールのなかのどこかで広がってもとに戻らなければなりません。

 それを可能にしてくれるのは、負のエネルギーの存在だけなのです。さらに、負のエネルギーは反発力となるので、重力によるワームホールの崩壊を防ぐのにも欠かせません。
 したがって、タイムマシンすなわちワームホールを作るには、ワームホールの口を開けて安定させておけるだけの負のエネルギーを見つける必要がありそうです(大きな重力場があれば負のエネルギー場もたくさんできることは、多くの物理学者が明らかにしている。そのため、いつかは重力による負のエネルギーがタイムマシンの動力に利用できるようになるかもしれない)。

 このようなタイムマシンには、もうひとつ障害があります。
「ワームホールをどこで見つけるのか?」
という問題です。ソーンは、ワームホールが時空の泡というもののなかで自然に生じるという見方を利用しました。

 この見方のおおもとは、古代ギリシヤの哲学者ゼノンが二千年以上も前に発した疑問までさかのぼります。移動可能な最小の距離はいくらかという疑問です。
 ゼノンは、どんな川も渡れないことを数学的に証明してみせました。まず彼は、川幅が無限個の点に分けられることに気づいたのです。ところが、無限個の点を通過するには無限の時間がかかるので、川を渡ることはできなくなってしまいます。いや、さらに言えば、そもそも最初に動くことさえできないはずだったのです(それから二千年経ち、微積分が登場してようやくこの問題が解決された。微積分により、無限個の点を有限の時間で通過できることが示され、運動そのものが数学上可能となったのである)。

 プリンストン大学のジョン・ホイーラーは、アインシュタインの方程式を調べて「最小の距離」を割り出しました。プランク長さ(10の-33乗センチメートル)のオーダーにあたる極微の距離では、アインシュタインの方程式で求めた空間の曲率が非常に大きくなることを見出したのです。言い換えれば、プランク長さでは、空間は平坦でなく大きく湾曲している--よじれて「泡立って」いる--ことになるのです。

 空間はでこぼこで、真空に出入りする微小な泡で満ちているのです。空っぽの空間であっても、極微の距離では時空の微小な泡でたえず沸き立っており、それらの泡は実のところ微小なワームホールやベビーユニバースに相当するのです。

 通常、「仮想粒子」は電子と反電子のペアであり、それらが一瞬現れてはぶつかって対消滅します。ところがプランク長さでは、微小な泡は丸ごとひとつの宇宙やワームホールで、それがひょっこり現れては真空に消えていく。
 ひょっとしたらわれわれの宇宙も、時空の泡になって浮かぶそうした小さな泡のひとつとして生まれ、なぜかはわからないが突然インフレーションを起こしたのかもしれません。

 このようにワームホールは泡として自然に見つかるので、ソーンは、高度な文明ならどうにかしてその泡からワームホールを取り出し、負のエネルギーで広げて安定させられるのではないかと考えました。これはきわめて困難なプロセスに違いないだろうが、物理法則を逸脱してはいません。
 ソーンのタイムマシンは、工学的に見れば作るのが非常に難しいにしても、理論的にはありそうに見えます。しかしここで、三つめの厄介な問題があるのです。

「タイムトラベルは、物理学の基本法則に反するのだろうか?」
という問題です。

「タイムトラベル」その4

 今回で、「タイムトラベル」シリーズは終了します。かなり難しい内容になっていますが、今後は別のシリーズ、「タイムトラベラー・タイター」でもっと解りやすく書いていきたいと思っています。今回は、「タイター」シリーズでの図表を掲載しています。


 前回は、宇宙の特異点の記述で終了しています。裸の特異点が存在すると、理論的に因果関係を予測することができなくなります。ロジャー・ペンローズは、自然界にはそんなものは存在しないだろうと考え、「宇宙検閲仮説」というものを提唱しました。

 そして、この「特異点」と「宇宙検閲仮説」については、ここのブログに詳しく書いていますので、以下の記事を参考にされてください。
「特異点で何が起きているのか?」1~3

 ここで、前回までに書いてきた、ブラックホールの種類をまとめてみます。
 ブラックホールの性質を決めるものは,質量、回転、電荷の3つしか在りません。そして、自転しているブラックホールは角運動量を持つことが知られています。ブラックホールは自転・電荷の有無によって4種類の基本タイプに分けられます。そして、最終的にはどんなブラックホールもカー=ニューマン・ブラックホールになると言われているのです(下図1参照)。
hadakanot2.jpg
図1:ブラックホールの4種類
シュヴァルツシルト・ブラックホール:回転なし、電荷なし、点状特異点
ライスナー=ノルドシュトロム・ブラックホール:回転なし、電荷あり、点状特異点
カー・ブラックホール:回転あり、電荷なし、リング状特異点
カー=ニューマン・ブラックホール:回転あり、電荷あり、リング状特異点 

  さて今回は、超極限のカー物体のペンローズ・ダイアグラムを下図2に示します。超極限状態になると、カー・ブラックホールで存在していたペーパードール・トポロジーは消え失せ、一対の正の時空間と負の時空間のみになり、リング状特異点により隔てられています。
 リング状特異点が露出することにより、時空全体がCTL領域となっています。われわれの宇宙に超極限のカー物体が一個存在するだけで、時空全体が影響を受けます。つまり、いたるところに過去への入口が存在するかもしれないのです。
hadakanot.jpg
図2:超極限のカー物体(SEKO=super-extra Kerr object)とペンローズ・ダイアグラム

 裸の特異点が存在すると、物理現象の因果関係が破綻するため、宇宙検閲仮説というものが考え出されました。裸の特異点が存在しないように、宇宙自体が検閲し、禁止しているという仮説です。
 1992年にシャピーロとトイコルスキーによって示された、円盤状の塵の崩壊のシミュレーションでは、崩壊した軸上の少し外れた点において、曲率が無限大になり宇宙検閲仮説は破綻しました。
 このシミュレーションでは事象の地平面ができなかったので、裸の特異点が形成されたと考えられました。この結果は、宇宙検閲仮説が破れていると受け取られています。
 ホーキングは、キップ・ソーンと、「宇宙検閲仮説」は守られるかどうかで賭けをしていましが、このシミュレーション結果に対し、数年後、ホーキングが負けを認めました。したがって、裸の特異点が存在する可能性は高くなったといえます。

 超極限のカー物体(SEKO)は裸のリング状特異点を持つ一個の反重力宇宙で、もし我々の宇宙にSEKOが一つでもあれば、時空全体がCTLとなり、全ての場所が過去への旅への出発点となるのです。

 SEKOのもっとも興味深い特徴は、その特異点の周りを適切な方向に回れば時間を逆行することが出來ます。その上、そういう周回航行をすればブラックホールの膜の内側ばかりでなく、時空の全領域への到達が可能になります。
 原則的にはSEKOに近づきその周りを二、三周すれば、特異点をくぐり抜けたりしてよく分からない新しい宇宙へ飛び込む必要はなく、過去のどこにでも行けるタイムトラベルが可能となります。

 このように、カー・ブラックホールが超極限状態になると、特異点がむき出しの状態になり、タイムトラベルが可能であることを示しました。では、その超極限のカー物体が、この宇宙に存在するのでしょうか。
 観測結果によると、各銀河の中心には、巨大なブラックホールが存在するらしいことが分かってきました。しかし、タイムトラベルするために、そのブラックホールの近くまで行くのは大変なことです。
 もし、ミニブラックホールを人工的に作ることができれば、タイムマシンを実現することが出来るのです。

 しかし、現実世界でのタイムトラベルを可能にするためには、SEKOにとっては欠かすことの出来ない特徴の一つとしての時間的特異点に難点が生じます。それは、量子効果によって時間的特異点が空間的特異点へと変換されてしまいます。そのため、時空の特徴が安定してしまい、タイムマシンに利用できないかもしれないのです。

 また、通常のブラックホールを回転させてSEKOを作る事は不可能かもしれません。それは、ブラックホールを「質量<角運動量」にする必要があるのですが、角運動量が増大するにしたがって回転を上げる軌道が減少します。その結果、ゼロに近づくか、または回転体の反発によりSEKO自体を維持することが不可能になるのかもしれません。

 現在、特異点が二つあるブラックホールの解については、まだ誰も解いてはいません。
しかし、この二つのブラックホールを利用したタイムマシーンに乗ってタイムトラベルをしてきたという、ジョン・タイターの話も聞いてみる必要がありそうです。

 そのタイムマシンの原理図です(下図表参照)。
masin.jpg
①カー領域の双対特異点   ⑦質量オフセット
②負時間領域の出力     ⑧後方質量分布
③無時間領域の出力     ⑨前方質量分布
④正時間領域の出力     ⑩負時間事象の地平線
⑤X軸出口円錐       ⑪無時間事象の地平線
⑥垂直安全距離       ⑫正時間事象の地平線

 この図表は、「超極限のカー物体(SEKO)」に似ています。SEKOは、質量による重力よりも自転による角運動量の方が大きく、特異点が裸の状態になった物体です。しかし、SEKOは、特異点が一つだけなのですが、上の図では特異点が二つあります。

 この図では、事象の地平線は存在しているのですがドーナツ状になっており、上下方向からは特異点がむき出しになっています。特異点が二つあるためか、質量の重心が中心からずれています。

 インターネット上で、ジョン・タイターは、次のように言っています。
『タイムトラベルは、重力の強さを自在に変化させることにより達成される。人工の双対ミクロ特異点を取り巻く質量と重力場に電子を注入して荷電させ、「カー局所場」ないし「ティプラー重力シヌソイド」内の事象の地平線の直径を拡大する。ドーナツ状特異点の環内に物質を通過させ、別の世界線へと送り込む動作をシミュレート操作して、局所場を適合・回転・移動できれば、安全なタイムトラベルが可能となる。』

 回転するブラックホールに電荷を注入すると、「カー=ニューマン・ブラックホール」になります。カー=ニューマン・ブラックホールは、特異点の周囲に正のCTL領域が生成されるので、リング状特異点を通り抜けなくてもタイムトラベルが可能となります。
 電荷を注入することにより、重力に打ち勝つ反発力が生じるため、ドーナツ状特異点の直径が拡大します。さらに、特異点の自転による角運動量によってもドーナツ状特異点の直径が拡大するため、特異点が裸の状態になると考えられます。
 このようにして、特異点が裸の状態になり、正のCTL領域がタイムマシン全体を包み込むことにより、タイムトラベルが行われると考えられます。

「タイムトラベル」その3

 今回は、いよいよ、カーのブラックホールについてです。

 シュワルツシルトとライスナー=ノルドストロームの解が発表されてから約半世紀が過ぎた1963年に、ニュージーランド生まれの物理学者ロイ・カーが、強力な重力を持ち、高速で回転する物体のアインシュタイン方程式の解を発見しました。カー・ブラックホールのペンローズ・ダイアグラムを下の図1に示します。
 このカー・ブラックホールには、三つの特徴があります。図1の左側を見ると解りますようにリング状の特異点、負の時空領域、負のCTL(Closed Time Link)領域、つまり負の閉じた時間の環の三つです。また、ライスナー=ノルドストロームのブラックホールと同様に、時間的特異点とペーパードール・トポロジーもあります。
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図1:カー・ブラックホールのペンローズ・ダイアグラム

 まず最初は、リング状の特異点ですが、カー・ブラックホールには、特異点が点ではなく、回転軸を取り巻くリング状の形をしています。このため、無限に湾曲した領域を避けて、ブラックホールの中心に到達できるのですペンローズ・ダイアグラムでは、リング状特異点をギザギザの歯ではなく、丸い歯で表現しています。

 次に、負の時空領域は、ブラックホールのリングの中心を通り抜けたところ、そこは元の宇宙ではなく、負の時空領域となっています。そこでは、G×r(Gは宇宙の重力定数、rは中心からの距離)が負になります。
 中心からの距離が負になるというのは考えにくいので、重力が負になると考えられます。つまり、ブラックホールの中心に達するまでは、引っ張られる力を受けていたのですが、中心を通り抜けるとブラックホールから反発する力を受けるようになるということです。

 そして.最後の三つめですが、リング状特異点の内側には、負のCTL領域、つまり負の閉じた時間の環が生じます。
 リングの中心を通り抜けて、回転軸の周りを回転方向に回ると過去にさかのぼることができ、その回った回数によってどれだけ時間をさかのぼるかが決まります。そして、リングの中心を再び通って戻ると正の時空領域に戻ることはできますが、一方通行の膜があるので元の宇宙に戻ることはできず、別の宇宙へ抜けるはずです。
 この別の宇宙とは、われわれの宇宙の離れた領域かもしれないし、パラレルワールドになっていて、われわれの宇宙とそっくりの別の宇宙かもしれないのです。

 ロイ・カーが回転するブラックホールの解を発表してから2,3年後、ピッツバーグのエズラ・ニューマンとその同僚が、電荷を持ち回転するブラックホールの解を発表しました。今度は、カー=ニューマン・ブラックホールのペンローズ・ダイアグラムを下の図2に示します。
 正のCTL領域が追加された形となっていることが解ります。この図2では、リング状特異点を通り抜けなくても、正のCTL領域に到達できるのです。この正のCTL領域により、負の時空領域を通過することなく、過去にさかのぼることができます。
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図2:ー=ニューマン・ブラックホールのペンローズ・ダイアグラム

 上の図から解りますが、リング状特異点の内側には、正のCTL領域つまり正の閉じた時間の環が存在します。
 カー・ブラックホールには正のCTL領域は存在せず、負のCTL領域しか存在しませんでした。しかも、負のCTL領域に行くにはリング状特異点の中心を通り抜ける必要があったのです。

 下図3にカー=ニューマンのブラックホールのイメージ図を示します。リング状特異点に到達するまでに一方通行の膜が二つ存在しています。リング状特異点の内側領域に正のCTL領域が存在しています。リング状特異点の中心を通り抜けると負のCTL領域となり、さらに進むとそこは負の時空領域となっています(このイメージ図では想像しにくいので2図から類推してください)。正の時空領域に戻り、一方通行の膜を二つ抜けて出てくると、そこは別の宇宙となっています。

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図3:カー=ニューマンのブラックホールのイメージ

 カー=ニューマンのブラックホールは、リング状特異点の中心を通り抜けなくても正のCTL領域に到達できるので、そこで回転軸と反対方向に回転すると、その回った回数に応じて過去にさかのぼることができます。
 ただし、一方通行の膜が存在するので、元の宇宙に戻ることはできず、別の宇宙へ行ってしまうようです。

ペンローズ図の入門

 前回、突然にペンローズ・ダイアグラムすなはちペンローズ図を持ち出したため、話がいきなり難解になってしまい、誠に失礼しました。
 それで、このペンローズ図について易しく説明をしてくれている書籍を探したのですが、専門書以外にはあまり一般に出回っていなくて、私の書棚からペンローズ関連の書物を探してみました。
 すると、講談社のブルーブックに「ペンローズのねじれた四次元」という竹内薫氏がお書きになっている本が見つかりました。
 今回は、「ペンローズ図とは?」という題でブログに書かせていただきます(ほとんど抜粋編集)。ただし、この書籍から、ペンローズ図に必要な部分を抜き出しています。いくらかでも時空構造を理解するための、手助けになってくれたらいいなと思っています。


 ペンローズ図というのは、無限に遠い所を有限の所にもってきた図のことを言う。ペンローズ以前には、この図を描いた人はいなかったわけだから、この発明は、実は、大変なことなのだ。 普通の時空図をペンローズ図に変換する数式は、ものすごく複雑で、かなり数学をやった人でも、「どうして、こんな変換に気がついたのか!」と悲鳴をあげるに違いない。
 一般相対論の教科書のバイブルとして有名で「電話帳」の異名を取る「Gravitation]
という分厚い本には、ペンローズ図について、次のような記述がある。ペンローズは一般相対論の業績があまりにも多く、他人が思いつかないような図を描くので、どれもこれも「ペンローズ図」になってしまう、というわけ。

 ところで、なんで無限の点を有限のところにもってくる必要があるのか?
 実は、それには、れっきとした物理学的な理由がある。

 ここでは、技術的な問題に深入りはできないが。結論から言うと、ハーマン・ボンディやペンローズらによって、うまい方法が考えだされた。ペンローズ図は、そのような物理学者たちの重力場との悪戦苦闘の過程で生れたのであった。

 それでは、ペンローズ図の読み方を伝授しよう。
 この図の見方は、おそらく、物理学者でもわからない人がいるのだと思う。といっても、いくつかの決まりさえ覚えれば、そんなに難しいものでもない。メルカトル図法の地図を平気で読んでいる人なら、大丈夫、読める。

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図1:フィルムの重ね図

 まず、時空図の説明から始めよう。時空図というのは、その名のとおり、時空を図にしたもの。ふつうの地図は、空間図だが、それに時間軸を加えたのである。

 映画のフィルムを考えよう(図1)。映写機からフィルムを取ってきて、フィルムの一コマ、一コマをはさみで切って、時間の順に重ねる((a)~(c))。これが、時空図である。空間の様子が変化するのだが、時間軸の上が未来で下が過去。
 ある時間に空間がどうなっているかを知りたければ、その時間のコマを見ればいい。たとえば、地球のある地域の歴史をフィルムに撮っておいて、それを重ねたとすると、それは立派な時空図である。
 もっとも、フィルムの場合、四角形なので、二次元になっていて、図が見づらい(d)。そこで、多くの場合、二次元のフィルムの軸を一つだけ残して、単純化する。だから、時間軸のほかには、空間軸が一つだけになる。通常は、縦軸が時間で横軸が空間だ(e)。

 時空図は、上下左右に無限に大きいと考える。

 ここで、原点にある電球から四方に照射された光がどう描かれるかに注目してほしい。光は、時間とともに遠くまで達する。光速は約30万キロメートル毎秒だから、時間軸の目盛りを1秒、空間の目盛りを30万キロメートルにしておけば、光は、傾きがプラス・マイナス1の直線として表される。角度が45度である。
 この光の軌跡のことを「光円錐」(Light cone)と呼ぶ。どうしてかというと、フィルムの空間次元をもとの二次元に戻すと、光が原点から円錐状に出ているから(図2)。

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図2:光円錐の図

 それでは、いよいよペンローズ図である。

 普通の時空図は、アインシュタインのチューリッヒ工科大学時代の数学の先生であったヘルマン・ミンコフスキーの名をとって、「ミンコフスキー図」と呼ばれている。このミンコフスキー図では、無限遠は無限遠にあるので、紙の上に描いたのでは見えない。無限遠で時空がどうなっているかは見ることができないのだ。


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図3:ミンコフスキー図

 平らな時空のミンコフスキー図には、いくつかの重要な無限遠の方向がある(図3)。そう、一口に無限遠と言っても。どっちの方向に遠いかで話が変わってくる。ここで、無限の未来と無限の過去と空間的な無限遠はいいとして、最後の二つがくせものだ。これは、無限の未来と空間の無限遠(右斜め上方向)と、無限の過去と無限遠の空間(右斜め下方向)だ。原点から出ていく光が行き着く先の無限遠と、その逆に入ってくる光が出発した無限遠である。二つとも、光にとっての無限遠なのだ。

 相対論では、光速が特別な役割を演ずるため、「光の観点からの無限」を考えるのである。ちなみに、ここに出てきたIは英語のinfinity(無限)の頭文字で、肩の添え字は、未来(+)、過去(-)などといった意味をもっており、最後の二つの文字は「スクリー」と読む。時空の無限は、未来、過去、空間、二つのスクリーというわけである。

 さて、いよいよお待ちかねのペンローズ図だ。

 ミンコフスキー図をペンローズ図(図4左)にすると、tとrが、ψとξに変数変換されて、五つの無限遠点が、有限の距離にきたことがおわかりだろう(ψはギリシャ小文字のプサイ、ξはクサイ)。
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図4:ペンローズ図と拡大したペンローズ図

 ここで、注目していただきたいのは、光の経路が、ミンコフスキー図と同じく、45度の角度のままな点だ。これは、角度を変えない変換という意味で「等角」変換と呼ばれている。ペンローズ図への変換は、光円錐をそのままに保つ特殊な変換なのである。
 ミンコフスキー図に方眼をいれると、それがペンローズ図でどうなるかがわかる。時間tが一定の線と空間距離rが一定の線を確認してほしい。
 これでわかることは、ペンローズ図というのは、ようするに、二つのスクリーを無限遠から有限のところまでググーツともってきてしまったものということだ。頭の中で想像してみてほしい(図4右)

 つまり、光が進む方向を動かさないように固定して、光にとっての無限遠を有限の距離にもってきてしまったのである。ある意味で、全宇宙を小さな三角形の中にぐーっと縮めてしまったのである(正確には、三角形の縦軸を中心に回転させたもの。さらに言えば、そうやって回転させたとしても、空間の次元を一つ無視しているのだが)。
 これは、ようするに、宇宙の無限に大きい時空図をぐぐーっと縮めて三角形の世界にして、全体像を俯瞰(ふかん)しているのだ。こうすると、宇宙のどこかで起こった事件が別の地点にどのような影響を及ぼすか、というような因果関係が明確になる。

 ただ、ちょっと注意が必要だ。今、宇宙を三角形に縮めると言ったが、通常の時空図で四次元時空を二次元時空に簡略化して描いているのと同様、ここでも空間の三次元を一次元に簡略化してある。それがξ(クサイ)方向だ。空間を二次元にするには、ψ(プサイ)軸を中心にぐるっと一回転させてやればいい。
 三角形を回転させると、円錐を二つくっつけたような形になる。アイスクリームコーンのコーンを二つ丸いところで接着したような形。宇宙を二つの合わせアイスクリームコーンの中に封じ込めたわけである。

 ペンローズ図を使って、「事象の地平線」と「ホワイトホール」を考えてみよう。

 ミンコフスキー図でブラックホールを眺めていても、あまりよくわからない。というか、ブラックホールの周辺の様子はわかるものの、遠くでどうなっているのか、中はどうなっているのか、あまりよく見えてこない。

 そこで、ブラックホールをペンローズ図にすると、驚くべきことに、ブラックホールの大局的な構造が手にとるように見えてくる(図5)
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図5:ブラックホールのペンローズ図

 この図の見方は少々難しい。
 まず、一番右の漢数字Iと書いてある領域に注目していただきたい。これは、さっきやったばかりの三角形のペンローズ図を拡張した領域と考えてほしい。この部分は、ブラックホールの事象の地平線(r=2m)の外側である。
 次に、r=2mという線を越えて領域Ⅱに入ると、そこはいわばブラックホールの中。もう外には出られない。
 領域IとⅡは、それぞれ、領域Ⅰがブラックホールの外部で領域Ⅱが内部に相当するわけだ。原点からブラックホールに向けて光を発射すると、それは、シュヴァルツシルト半径(r=2m)を通って、ブラックホールの中に入って、やがて、特異点(r=0)に達する。
 ここで、ブラックホールの内部Ⅱでは、tとrの役割が逆転していることに注目してほしい。領域Iでは、距離rが一定の線は上端から下端に伸びていたが、領域Ⅱでは、左端から右端に伸びている。
 これは、物理的には、べつに時間と空間が逆転したわけではない。だが、領域Iでは時間が進むのを止められなかった人間は、領域Ⅱでは、特異点に向かって進むのを止められない。そう考えれば、ある意味で、空間と時間の役割が逆転したのだと思ってもらっても差し支えない。
 特異点のr=0が、上下に二本ある線で表されているが、これは、無理やり無限遠点を有限のところまで引っ張ってきてしまったため、そのしわ寄せを喰って、特異点が間延びしたように見えるだけのこと。特に意味はない。

 むしろ、問題は、領域ⅢとⅣの存在である。こりゃあ、いったい何だ?

 実は、これがペンローズ図の威力なのだ。ペンローズ図は、無限の遠くまでも含めた全体像を見せてくれる。
 領域Ⅳは、ブラックホールの時間を反転したもので、「ホワイトホール」と呼ばれている。ブラックホールの正反対の性格をもっていて、ホワイトホールからは、なんでも出ることはできるが、決して中に入ることはできない。

 図の一番下の特異点を出発した光は、やがて、地平線を越えてホワイトホールの外に出てくる。領域Ⅳから領域Ⅲへは一方通行なのである。また、領域Ⅳから領域Iに出ることも可能だ。
 だが、もし、われわれが領域Iに住んでいるとするならば、われわれは、決して領域Ⅲに行くことはできない。それは、われわれとは因果関係をもたない「別の宇宙」なのである。


 今回は、長い文章になってしまいましたが、図も多く掲載しましたのでお許しください。「ペンローズ図」に少しは慣れたでしょうか。次回も出てきます。

「タイムトラベル」その2

 今回は、CTL(閉じた時間の環)の話題に戻ります。それと平行してペンローズ・ダイアグラムを交えて書いていくことになります。


 ゲーデルの宇宙の研究の延長として、CTL(閉じた時間の環)に関して、1974年に数理物理学者のフランク・ティプラーは、無限に長く質量の大きい円筒の表面が、光速の1/2以上の速度で回転すればCTL(閉じた時間の環)ができることを指摘しました。つまり、CTLに沿って円筒の周りを回転すれば、タイム・トラベルが可能であり、円筒の回転方向と同じ方向に回転すれば未来へ行き、逆方向に回転すれば過去へ行くことができるのです。

 また、有限の長さの円筒の場合においても、ジョン・グリビンは、太陽と同じ質量で長さが100km、半径10kmの円筒を1ms(ミリ秒)に2回転させるとCTLができることを計算しました。天体の中には、パルサーといって数ミリ秒周期で電磁波を出しているものがあります。これは、非常に重い物体が超高速で回転しているということであり、宇宙の中にCTLが存在している可能性もあるのです。
 有限の長さの円筒は、どんなに硬い物質で作ったとしても、半径方向は遠心力により支えられるますが、回転軸方向はその強力な重力によりつぶれてしまいます。つまり、ブラックホールになってしまうのです(下図参照)。
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 したがって、有限の長さの回転する円筒については、実現することはできません。

 ブラックホールによるタイム・トラベルを理解するには、ペンローズ・ダイアグラムを理解する必要があ理ます。この宇宙を表す地図には、球面を二次元で表現するために様々な図法が用いられています。ペンローズ・ダイアグラムは、時空間を二次元で表現する図法の一つです。そして、通常の時空間のペンローズ・ダイアグラムを下左図のように示します。左図の点Pは時間的過去の無限大、点Fは時間的未来の無限大、点Eは空間的無限大、辺Sは光的過去の無限大、辺Dは光的未来の無限大を示します。
 光的過去の無限大Sとは、光速で進む信号で知ることができる最大の時空間を現しています。そして、辺Sから発射された光は、左上方45°の傾きで現地点の時間線に到達します。辺Sより遠方または過去の世界は知ることができません。光的未来の無限大とは、光速で進む信号を送ることができる最大の時空間を現しています。
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 まず、シュワルツシルト・ブラックホールをペンローズ・ダイアグラムで表してみましょう。すると少し複雑な上右図のような形に表されます。
 時空のゆがみが無限大となる特異点が生じます(ペンローズ・ダイアグラムでは、慣例として特異点をギザギザの線で表す)。特異点からシュワルツシルト半径だけ離れたところに、一方通行の膜(線分EPと平行な点Fからの直線を折った膜)があります。点Mから出発した旅行者は、一方通行の膜を通りぬけて特異点に吸い込まれ、そこから出ることはできません。

 それでは、アインシュタイン方程式のシュワルツシルトの解のすべてをペンローズ・ダイアグラムで表現すると下図のようになっています。この図から、一方通行の膜をもつ第二の宇宙が出現していることがわかります。さらに、物質を吐き出すホワイトホール(過去の空間的特異点)が発生しています。ホワイトホールは、ブラックホールを時間反転したものといえます。ホワイトホールのシュワルツシルト半径も一方通行の膜なのですが、この膜は物質を吐き出すだけで内部に入れることはありません。
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 現在までに、この宇宙の中で、ブラックホールと考えられる天体は、いくつか発見されていますが、ホワイトホールと思われる天体は未だに発見されていません。
この宇宙の中には、ホワイトホールは存在しないのかもしれないか、あるいはいままでと違った解釈をする必要があるのかも知れません。

 アインシュタイン方程式の解で出現する第二の宇宙は、前回書きましたように1935年に、アインシュタインとナザン・ローゼンが、素粒子のモデルとしてシュワルツシルトの解を使おうとしたときに発見されました。
 第二の宇宙は、われわれの宇宙とは独立した別の宇宙だあるかもしれないし、われわれの宇宙の離れた領域かもしれません。アインシュタインとローゼンは、第二の宇宙は、われわれの宇宙の離れた領域と推定しています。
 二つの宇宙は、光より速い信号を使わないと通信できないようです。二つの宇宙をつなぐ超光速の空間的結びつきを、「アインシュタイン=ローゼン・ブリッジ」または「ワームホール」と呼ぶということはすでに書きました。
 話は少し飛びますが、量子力学の世界では、「量子テレポーテーション」という瞬時に量子の状態が伝わる現象があります。これは、ワームホールによる現象ではないかと考えられています。

 何もない空間にガンマ線を照射すると、電子と陽電子が対生成することは実験で確かめられています。
 電子と陽電子は、互いに逆向きのスピンを持っていますが、不確定性原理により、スピンの向きは観測するまで不確定です。対生成した片方の電子のスピンの状態を観測してアップスピンだったとすると、その瞬間にもう一方の陽電子のスピンの向きがダウンスピンに確定するのです。電子と陽電子がどんなに離れていたとしても瞬時に確定するのです。このような対の量子の状態を「量子もつれ」といいます。
 量子テレポーテーションは、実際に粒子が別の空間へ移動することではなく、量子もつれの状態の片方の量子の状態が確定すると、瞬時にもう一方の量子の状態も確定することをいいます。

 シュワルツシルトのブラックホールは、第二の宇宙が出現するため、大変興味深いのですが、この第二の宇宙と通信するには、超光速信号を使わなければなりません。量子テレポーテーションは、量子の状態が瞬時に確定するというだけで、情報を超光速で送れるわけではないようです。
 たとえ、ワームホールを使って第二の宇宙に行くことができたとしてもタイムトラベルは不可能であるようです。

 シュワルツシルトがアインシュタイン方程式の解を発表したのとほぼ同じころ、ドイツの物理学者ハインリッヒ・ライスナーとフィンランドの物理学者グンナー・ノルドストロームは、質量だけでなく電荷も持っている場合のアインシュタイン方程式を解きました。ライスナー=ノルドストロームのブラックホール・ダイアグラムは下図のようになります。
 これには、二つの大きな特徴があります。それは、時間的特異点とペーパードール・トポロジーです(折りたたんだ紙から切りぬいた紙人形のようなので、ペーパードール・トポロジーといいます)。
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 シュワルツシルトのブラックホールの中心には空間的特異点が存在しました。これに対して、ライスナー=ノルドストロームのブラックホールには時間的特異点が存在するのです。
 また、通常空間と特異点を隔てる一方通行の膜が二つ存在します。時間的特異点は、時間の流れに並行しており、空間的特異点と違って、時空を巧妙に航行すれば避けることができるのです。
 たとえば、Mから出発した旅行者は通路Aを通って、時間的特異点を避けて第三宇宙に到達できます。また、通路Bを通って第四宇宙にも到達することもできるのです。
 一方通行の膜は、通過すると時間が空間に変わり、空間が時間に変わります。一方通行の膜を奇数回通過すると空間的特異点に到達し、偶数回通過すると時間的特異点に到達するのです。
 時間的特異点は、入口用と出口用の二つの一方通行の膜を持っていて、ブラックホールとホワイトホールの両方の働きをします。そして、シュワルツシルトのブラックホールには別の宇宙が一つあるのに対して、ライスナー=ノルドストロームのブラックホールには別の宇宙が無数に現れます。

 別の宇宙は、まったく別の宇宙かもしれないし、われわれの宇宙の一部かもしれない。また、元は一つの宇宙だったものが分裂して、ほとんど同じような歴史をたどっているパラレル・ワールドなのかもしれない。時間旅行者が過去に戻った時点で宇宙が分裂し、われわれの宇宙とそっくりのパラレル・ワールドが形成されるのかもしれない。
 もしそうだとしたら、自分が過去に戻って親を殺したとしても、そこは自分のいた世界とは別の世界なので、自分が消滅することはない。すなわち、親殺しのパラドックスは生じないのです。

 ライスナー=ノルドストロームのブラックホールが発生した時点で、われわれの宇宙から分裂したパラレル・ワールドが出現するとしたら、時間旅行者が別の宇宙に到達した時点では、われわれの宇宙とまったく同じような世界になっていて、その時点から少しずつ未来が変わっていくと考えられます。
 時間旅行者は、一方通行の膜があるので、元自分が住んでいた未来に戻ることはできません。ただし、ほとんど同じような未来の世界に戻ることはできるかもしれません。

 しかし、ライスナー=ノルドストロームのブラックホールは、強力な重力に抵抗するだけの強力な電荷が必要です。そのような強力な電荷は、そこにあるどんな物質もイオン化し、そのイオンによってブラックホールの電荷を中和するように働くので、宇宙の中にはライスナー=ノルドストロームのブラックホールは存在しないと考えられています。
 別の宇宙がわれわれの宇宙の離れた領域とすると閉じた時間の環CTLが形成され、タイムトラベルは可能ですが、そうでない場合は、ライスナー=ノルドストロームのブラックホールではタイムトラベルは不可能です。

「タイムトラベル」その1

 2006年に、タイムマシンの特許が公開されました。

 タイムマシンの特許は、オクラホマのマービン・B・ Pohlman 博士によって合衆国特許商標局に出願されています。
特許の全文は下記からダウンロードできます。
http://www.google.com/patents?id=oH2bAAAAEBAJ&zoom=4&pg=PA1#v=onepage&q&f=false

 この特許の中の図面が、2000年11月にインターネット上で、2036年からやってきたと自称しているジョン・タイターが公開した、タイムマシン操作マニュアルの中にある図面と全く同じです。特許の中には、PDFファイルをご覧になるとわりますが、数式が書かれており特許というより物理の小冊子のような感じです。
 もしかすると、ジョン・タイターとは、マービン・B・ Pohlman 博士だったのではないでしょうか。


 それでは、タイムトラベルについてですが、タイムトラベルには、必ずこれに伴うタイムマシンという機械を考慮に入れる必要があります。タイムマシンは機械ですから、それを製造する技術も必要になってきます。
 ですから、このブログではタイムトラベルに関係する物理的な問題が中心となった記述になってしまいます。

 タイムトラベルにとって、最も大事な要素としては「時間」と「空間」の関係は必然です。そのため、どうしてもアインシュタインの相対論と最先端の宇宙論を中心に考えていかざる得ません。
 そこで、今回はブラックホール・ホワイトホール、そしてこの二つをつなぐ橋であるワームホールに関係する話、「アインシュタイン・ローゼン橋」から書き進んでいきます。

 1917年、アインシュタインは一般相対性理論の方程式を完成し、重力により時空がゆがめられることを説明しました。そして、その同じ年に、ドイツの天文学者カール・シュワルツシルトが、球対称で回転していない質量の周りの、ゆがんだ時空を記述するアインシュタイン方程式の解を発表したのです。

 シュワルツシルト半径より内側からは光でさえ飛び出すことができません。もし太陽と同じ質量の天体が収縮したと仮定するとシュワルツシルト半径は約3kmになります。このシュワルツシルト半径より更に凝縮した天体はブラックホールになってしまいます。

 アインシュタインは、もともと、ブラックホールは自然界に存在しないだろうと考えていました。しかし、そんな思いとは裏腹に、その後、ブラックホールがだれも考えつかないほど奇妙で、中心にワームホールが存在する可能性すらあることを明らかになってきました。

 数学者はこれを多重連結空間と呼ぶ。物理学者がワームホールと言うのは、地中の虫(ワーム)が地中を掘り進むようにして、二点間を結ぶ穴(ホール)を作るものだからです。このワームホールは、次元の入口と呼ばれることもあります。呼び名はどうあれ、これはいつの日か次元間旅行の究極の手段となるかもしれないのです。

 ワームホールを一般に示した最初の人物は、ルイス・キャロルというペンネームで本を書いたチャールズ・ドジソンです。『鏡の国のアリス』のなかで彼は、鏡という形でワームホールを持ち込んだのです。その鏡を介して、オックスフォードの田舎と不思議の国がつながっていたのでした。
 オックスフォード大学の数学講師だったドジソンは、多重連結空間のことをすでに知っていました。多重連結空間は、定義上、輪を縮めても一点にできないような空間のことです。通常は、どんな輪もたやすくつぶして点にできます。しかし、ドーナツのような形の空間を考えた場合(これが多重連結空間)、その表面にドーナツの穴を取り囲むように輪を置けるのですが、この輪を空間のなかでつぶしていっても点にはできません。穴の輪郭までしか縮められないのです。

 1935年、アインシュタインと教え子のネイサン・ローゼンが、ワームホールを物理学の世界に持ち込みました。

 アインシュタインとローゼンは、電子(一般に何の構造ももたない微小な点と考えられている)をブラックホールと見なす斬新なアイデアを思いついたのです。このようにすれば、一般相対性理論は、統一場理論における量子の世界の謎を説明するのに利用できるはずです。
 ふたりはまず、長い首をもつ大きな花瓶にも似た、一般的なブラックホールの解に注目しました。そして首(ブラックホールでは喉と呼ばれる)の部分を切り、別のブラックホールを逆さまにしてそれにつなげたのです。アインシュタインの見たところ、この奇妙だが滑らかにつながった形状によって、ブラックホールは中心に特異点がなくなり、電子のように振る舞う可能性がありました。

 電子をブラックホールと見なすというアインシュタインのアイデアは、失敗に終わりましたが、今でも、宇宙論者達は、アインシュタイン・ローゼン橋がふたつの宇宙をつなぐ通路になりうると考えています。宇宙を飛びまわっていて、たまたまブラックホールへ落ちてしまうと、一気に穴へ吸い込まれて(ホワイトホールから)向こう側へ出る可能性があるのです。

 アインシュタインにとって、自分の方程式の解が物理的に妥当な前提から出たものなら、物理的に存在可能な物体に対応するはずでした。しかし彼は、だれかがブラックホールに落ち込んで並行宇宙に出るということは考えもしなかったようです。
 ブラックホールの中心では潮汐力が無限大になるので、不幸にもそこへ落ちた人間は重力場で原子までばらばらになってしまうからです。
(アインシュタイン・ローゼン橋は一瞬だけ開くが、すぐに閉まるため、どんな物体もそこを抜けて向こう側に到達することはできない)。

 要するにアインシュタインは、ワームホールが存在するとしても、生きて通り抜け、それを報告できるような生物はいないとする態度をとっていたのです。

ホワイトホール2
アインシュタイン・ローゼン橋; ブラックホールの中心には、われわれの宇宙にある別の場所や、別の宇宙の場所と,時空をつないでいる「首」がある、静止したブラックホールを通ると命はないが、回転するブラックホールなら、リング状の特異点をもつので、そのリングを通ってアインシュタイン・ローゼン橋を抜けられるかもしれない。ただし、これはまだ推測の域を出ていない。

 光の速度は、発光体が止まっていても動いていても、観測者が止まっていても動いていても一定です。下左図は光円錐を示しています。XY軸が距離、Z軸が時間で、原点が現在の位置、時間を示しています。光の速度で進んだ場合に光円錐上を未来へ進んでいきます。光速を超えることはできないので、光円錐の外側に行くことはできません。つまり、光円錐の内側は、私たちが知ることができる世界を現しています。

 1949年、数理論理学者クルト・ゲーテルは、アインシュタイン方程式のひとつに更に奇妙な解を発見しました。彼は全宇宙が回転していると仮定すると、宇宙の中の人は糖蜜のような性質を持つ時空に引きずられることになります。このゲーデルの宇宙を一周すると、初めの場所に戻ってきた時に時間を遡っているのです(下右図参照)。

 ゲーデルの宇宙では理論上、宇宙の中で時間的・空間的にどの二点間であろうと移動できます。どんなに遠い過去の出来事も見に行けるのです。一方、ゲーデルの宇宙には内向きにつぶそうとする重力が働いているため、回転の遠心力はこの重力と釣り合っていないとまずいことになります。つまり、この宇宙はある程度以上のスピードで回転している必要があるのです。宇宙が大きければ大きいほど、つぶそうとする重力も大きくなるので、つぶれないように早く回転しなければなりません。

 下の右図を見てください。この図で、宇宙の重力と宇宙の自転による遠心力が釣り合う回転の半径を臨界値Rとすると、臨界値Rを超えたところでは、時空のねじれによって、未来の光円錐が近くにある過去の光円錐と交差しています。リングを一周すると、自分の過去の光円錐へ戻ってくることができます。このような閉じた時間の環をCTL(Closed Time Link)と呼びます。
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図左;光円錐            図右;CTL

 われわれの宇宙に当てはめて計算すると、700億年で1周する速度で自転していなければならなりません。そのときの臨界半径はおよそ160億光年で、CTLの長さは約1000億光年となります。非常に長い距離になるのですが、光速に近い速度の宇宙船で旅行すれば、ウラシマ効果によって内部の人間にとっては1年程度で旅行することができます。しかし、光速に近い速度まで加速するためには、膨大なエネルギーが必要なため、現実的には不可能でしょう。

 もし、宇宙が自転しているとすると、ビッグバンの残留放射線(宇宙背景輻射)に非等方性が生じているはずです。しかし、観測された結果によると、残留放射線の等方性が高いことから、宇宙はほとんど自転していないと考えられています。したがって、この方法ではタイムトラベルすることはできません。

 アインシュタインは、プリンストン高等研究所の同僚である友人が見つけた解に、大いに困惑しました。彼の反応にそれがよく表れています。アインシュタインの反応は、ふたつの理由で関心をそそられたようです。
 第一に、彼が、一般相対性理論を打ち立てたときにタイムトラベルの可能性に悩まされたことを認めています。時間と空間はぐにゃぐにゃに曲げられるゴムのように扱えるので、時空の生地を十分に曲げるとタイムトラベルができてしまうのではないかと案じたのです。
 そして第二に、アインシュタインは、「物理学的な理由」--つまり、宇宙が回転しておらず、膨張しているという事実--をもとにゲーデルの解を排除しました。

 アインシュタインが亡くなったころには、彼の方程式が、タイムトラベルやワームホールといった、奇妙な現象を可能にしてしまうことは広く知られていました。しかし、自然界では実現できないと思われていたため、その可能性をまともに考慮する人はいなかったのです。
 そのような解は現実世界とは関係がなく、ブラックホールを通って並行宇宙へ行こうとしても死んでしまうはずです。宇宙は回転しておらず、無限に長い筒は作れないのでタイムトラベルはあくまでも理論上の問題だ、とだれもが考えていたのでした。

 ところが1963年、この見方に変化が生じます。ニュージーランドの数学者ロイ・カーが、アインシュタインの方程式に、最も現実味のありそうな星の死に方を表す厳密解を見つけたのです。
 それが、回転するブラックホールでした。角運動量保存則により、星は重力でつぶれるにしたがい、自転する速度を上げます(フィギュアスケートの選手が回転する時、腕を縮めると速く回るようになったりする)。

 自転する星は、つぶれると中性子のリングになり、強烈な外向きの遠心力が内向きの重力を打ち消すのでそのまま安定します。そうしたブラックホールは、驚くべき性質をもっています。
 このカー・ブラックホールに落ち込んでも、あなたはつぶれて死にはしないでしょう。アインシュタイン・ローゼン橋を通ってどこかの並行宇宙に出られそうなのです。
 「この魔法のリングを抜けると、あら不思議、君は半径も質量も負のまったく別の宇宙に出ているんだ!」
この解を見つけたとき、カーは同僚に大声でそう言ったそうです。

 つまり、アリスが通り抜けた鏡の枠は、カーの見つけた回転するリングに相当します。しかし、このカー・リングを抜けるのは、片道切符の旅になるのです。
 カー・リングを取り巻く事象の地平線を通過するとき、重力でつぶれて死にはしないにしても、事象の地平線を越えてまた戻ることはできないのです(実を言うと、カー・ブラックホールには事象の地平線が二つある。一部の科学者は、その並行宇宙とわれわれの宇宙をつなぐ第二のカー・リングがあれば、帰りの旅ができると考えた)。

「宇宙人」の時間・空間 とは?

 前回で、時間について書きましたが、この「時間」とは、「質」と「量」を別の要因として考えなければならないものなのです。しかし、現代科学では「物質」として決められたものとして扱ってきました。そのため、一定の定数が生まれてしまったのです。それが「光速」であり、「プランク定数」というものを創り出してしまいました。結果として「光速」は「一定不変」であると見なしてしまい、この「光速」のために皮肉にも「時間」を拘束してしまったのです。

 我々の現代科学は、最初に「光速不変」は当然の帰結であるとして、物理学の法則を構築していったのです。そして、このことを柱として、マクロは宇宙論へ、ミクロは素粒子の探求へと突き進んで行かざる得ませんでした。

 このように、現代物理学での宇宙論では、最初に「ビッグバン」で「光速」の光が放たれて、宇宙はスタートし、そしてこのビッグバンは「特異点」の「量子的ゆらぎ」として突然に発生してしまったかのようにされてしまいました。
 この宇宙論に関しては、ここのブログでも「宇宙」という項目の中でおおく取り上げてきましたので、そちらの方を参照してください。

 これと同じことが、素粒子の世界でも行われていて、原子は原子核と電子により構成されており、この原子核は中性子と陽子から、そしてこの中性子と陽子、それと電子はともにクオークから構成されていることになっています。つまり、クオークを始原素粒子にすることで統一しようとしました。

 しかし、ここまでに述べてきた素粒子は、スピン1/2の素粒子であり、スピンが1や2の「光子や重力子」とは性質が「スピン」を中心として考えた場合、統一は不可能です。そこで、今度は大統一理論や究極理論として「スピン」も含めた、すべての素粒子を統一しようと、多くの一線級の物理学者がこの問題に取り組んでいます。

 この、究極理論には超ひも理論・超重力理論や最近ではブレーン理論などが有力候補に挙がっています。しかし、これらの理論には常に付きまとっているものが存在しています。それが、「特異点」といわれている「プランク定数」なのです。

 では、この宇宙論と素粒子論について、共通点を探してみることにします。するとどちらにも「スピン」という回転運動が含まれてくることに気づくはずです。

 「UFOと超科学」その3、にて「円輪波」について書いてありました。そこには、 この「円輪波」の持つエネルギーに相応した「一(いち)」の核を中心、「一」の単位として、無限の波動運動を持続しながら、一大中心に統御されているのは電子も星も同じです。この「円輪波」はちょうど浜辺に押し寄せる波の如く、陰陽・高低となり渦状となって、大宇宙の中に流れ込んでいるのであります。この状態を「波動帯」と申し上げたのですが、帯(おび)と表現したその意味をよく理解していただきたいのです。

 ここに書いてあるように、銀河系の中心(一)に太陽系が回転し、その太陽の中心(一)の周りに惑星が回転しているのです。この現象を外の世界から眺めてみると、銀河系を中心に太陽系が渦を巻いた帯のように回っているのが見えるはずです。同様に太陽系と各惑星についても同じことがいえます。
 マクロにあることはミクロに同様に神写しされるはずですから、この宇宙が「同一物質」で出来ていることを大前提として考えてしまうと、私たちが空間を3次元の世界であると認識している、この宇宙空間は、すべて「光速不変」の世界へと変わってしまうことでしょう。
 この考え方こそが、我々の認識している「空間」と言うことになってしまいます。しかし、本当にこれで良いのでしょうか。宇宙人は「空間」をどのように捉えていたのでしょうか。以下に示します。

 空なる十字交差の一点を基準として、「内」に現われたのがその星の「時間」です。「外」に現われたのがその星の「空間」です。大宇宙の中心は「時空一つ」に溶け合って輝きます。それまでの段階として、星々の時空は皆一つとして同じものはありません。縦横十字に交差した「ところ」が「空(くう)」、「空」なる「ところ」がその星の科学の出発点となります。

 それでは、《「内」に現われたのがその星の「時間」》とはどういうことなのでしょうか?

 ここで私たちは、「時間」という概念を熟慮する必要が出てきました。現在は時間の基準を原子(クオーツ時計など)の振動数から決定していますが、少し前までは太陽暦によって1年365日として歴を創り、それを基準として時間を決めていました。
 しかし、ここで取り上げている宇宙人の時間の概念とは掛け離れているように思われます。なぜなら、「時間」とは人間が「今」を認識し、そして次の「今」を次々と積み重ねることで出来上がってくるものです。そうすると、人それぞれが別の「今」という「時間」を積み重ねているのと同等なことに気づかされます。つまり、人はそれぞれの時間を自分で創っているために、その「1人の人」は自分を基準にとると、他の「すべての人」とは時間を異にしていることが解るはずです。
 
 この「時間」に対する考え方を、人類が獲得した暁には、現代の科学文明そのものの固定観念が崩れ去っていくことでしょう。
 最後に、今回は時期尚早のため「次元」についての考察は次回以降に回したいと思っています。

 ここまで、読んで下さって、本当に有り難うございました。

超科学のための補足

ハンネス・アルベーン (Hannes Olof Alfvén)

この物理学者の名前をご存じでしょうか。
1963年にオックスフォード大学よりCosmical Electrodynamics(宇宙電気力学)として
出版された書籍の著者です。
昭和55年に、日本語翻訳本が講談社より、「宇宙電気力学--その基礎原理--」という書名で出版されています。

 今まで、3回にわたって「UFOと超科学」をここのブログにアップしています。
私は、昭和50年に村田正雄氏の本を読んで感銘を受け、前回の最後に書いておりましたように「波動帯」「直射する波動」「円輪波」という言葉が何時までも忘れられずに、数年が過ぎ去ってしまいました。
 なぜなら、その当時の物理学の世界では、絶対的な真理としての量子論、そして相対性理論がもてはやされていた時期です。

 しかし、当時の時空概念ではこの太陽系を行き来するだけでも、ぼう大な年月が掛かってしまい、到底、宇宙空間を自由に往来するような「空飛ぶ円盤(UFO)」の動作方法などの発想はとうてい説明することなど出来ませんでした。

 このようなことを考えていた時に、本屋さんで偶然アルベーンの書籍に出会いました。私は物理の勉強を初めて、あまり経っていませんでしたので、この本の内容は難解すぎて正直あまり分かりませんでした。しかし、UFOの飛行原理を説明するにはこれしかないという思いだけは消し去ることが出来ませんでした。
 アルベーンの宇宙プラズマに関する研究は、電磁気流体力学(MHD)の分野の開発につながりました。電磁気流体として数学的にプラズマをモデル化する。そして、1970年にノーベル物理学賞を獲得した業績の分野がMHDでした。

 その後、宇宙電気力学は多くの宇宙の現象を記述するために、天体物理学者と天文学者によって使われています。しかし、アルベーンは、プラズマの多くの特徴が宇宙プラズマでより重要な役割を演ずることと感じていたのでしょう。
 今では、宇宙電気力学という言葉はあまり使わず、プラズマ宇宙論ということばで表現されています。

 では、プラズマ宇宙論とは、どのような学問なのでしょうか。Wikipediaを参考に書いていきます。


 プラズマ宇宙論とは、宇宙論の一種で、宇宙的スケールの現象は重力だけではなく、宇宙の物質の99.9%を占める電気伝導性の気体プラズマの運動に起因する、巨大な電流と強力な磁場の影響を大きく受けているとする。そして電磁気力と重力の相互作用によって、壮大な現象を説明できると主張する。
 プラズマ宇宙論は、ビッグバン理論と比較して、銀河の回転曲線問題を暗黒物質という仮定の物質を持ち出すことなく簡潔に説明できる。さらに、近年発見されたヘルクレス座・かんむり座グレートウォール、U1.27といった宇宙構造体の成り立ちを説明する際、現行のビックバン宇宙論(から発展した理論も含む)では存在自体が矛盾してしまう程巨大な宇宙の大規模構造も、プラズマ宇宙論では矛盾無く説明できる。
 しかしながら、プラズマ宇宙論は宇宙マイクロ波背景放射の観測事実をうまく説明できていない。そのため、プラズマ宇宙論は現時点では標準的な理論とみなされていない。

 最近の宇宙の観測結果等の研究から、銀河は大規模構造体を形成している事がわかった。その大規模構造は、銀河団の巨大な壁「グレートウォール」と銀河がほとんど存在しない超空洞「ボイド」とが複雑に入り組んだ構造である。その形はプラズマ現象でよく見られるフィラメント構造をしている事が分かっている。
 非常に複雑な形態を見せる惑星状星雲は太陽程度の質量を持つ恒星の最期の姿である。このことは、複雑な形態は重力ではなく磁場が大きな役割を果たしていることを示している。そして、この惑星状星雲もプラズマで形成されており、そこには特徴的なフィラメント構造が多く見られる。これはプラズマの自己組織化によって生み出される形であり、その内部にはビルケランド電流と呼ばれる電流が流れている。
 われわれを照らし出す太陽も同様に巨大なプラズマの塊である。太陽から放出される高速のプラズマは惑星空間を通り抜けて地球に達し、オーロラ、北極光、磁気嵐、電波障害などを引き起こす。一般に真空と言われる宇宙空間だが、このようなプラズマに満ち、プラズマ・ダイナミクスが支配する空間であり、常に休みなく変化を見せている。

 惑星、太陽系、銀河系、星間ガス、星雲、銀河団、彗星などなど、宇宙にあるすべての物質はプラズマの影響を受けている。その豊富にあるプラズマが宇宙の広い範囲にわたって重要な役割を果たしている。
 アルベーンは次のように述べている。
「宇宙についての理論は、われわれが観測や実験で確かめた事実の延長上に打ち立てられなければならない。われわれは(ビッグバン理論のように、最初に宇宙誕生の姿を想像して、そこから現在の宇宙に進化するまでを推測して理論にするのではなく)、まず今の宇宙の姿を調べ、それを元にしてより遠い過去へ、より不明瞭な時代へと遡っていくべきである」

 これは、プラズマ宇宙論の基本的な考え方はビッグバン理論とは対極であるといえる。プラズマ宇宙論は、厳密な意味で定常宇宙論とは大きく異なる。プラズマの特性上それは必然と言える。つまりプラズマは一つの場所にとどまるということはしない。常に反発や引き合い、衝突などを繰り返し変化し続けている。それが積み重なり大きなスケールの変化が起き始め大規模な構造を作り出すと考えられている。その大規模構造はビッグバン理論が重視する重力ではなくプラズマの中を流れる電気と、それがつくりだす磁場によって形成される。このことは、現在ビッグバン宇宙論では説明の難しい「グレートウォール」などの大規模構造を解明する糸口になる可能性がある。
 プラズマの長さが1万光年から10万光年にも達するほど集まった場合、その中を巨大な電気が流れ出し、それが非常に大きな磁場を発生させる。次に電気と磁場の相互作用によってプラズマの形はさまざまな変化を見せる。隣接したプラズマのガスの柱どうしは引き付け合い、絡み合うことにより複雑な構造を作り出す。

 現在、プラズマ宇宙論は非主流派の理論である。しかし、成熟した体系である電磁流体力学 (MHD)を基盤とし、ともに発展してきたこの理論は非常に多くの成果を収めている。太陽のプロミネンス、渦巻銀河、宇宙の大規模構造に至るまで、他にも様々なスケールの問題に関して説明をしている。これからの観測技術の向上に伴い、今後の発展が期待される分野であると言える。

 銀河形成のシミュレーションに成功し、天文学最大の謎、銀河の回転曲線問題も解決。

ロスアラモス国立研究所の物理学者であった、アンソニー・ペラットは、パルス発電機でX線放射の実験を行っていた。発生したプラズマ・フィラメントはお互いの磁場で引き寄せられ、集合したプラズマは合体して螺旋を形成し、螺旋は強力なX線を放ち、銀河の螺旋構造と同じだったのである。この絡み合うフィラメントの中を流れる電流は、ビルケランド電流と呼ばれ、プラズマ宇宙論では重要な役割を果たす。
 かつてプラズマ宇宙論の創始者ハンネス・アルベーンの下で研究していたペラットは、この螺旋が銀河の渦巻構造を解明する手がかりとなると考えるにいたった。彼は当時最先端のプラズマ・シミュレーション・プログラム「SPLASH」を使い、プラズマの動態をシミュレーションし、多くの特徴的な銀河の渦巻が、完全に磁場の中を漂うプラズマ・フィラメントで再現できる事を発見した。
 これによって銀河における大きな謎であった銀河の回転曲線問題まで、解明する事ができた。
 この問題は銀河が重力によって支配されていると仮定すると、中心から外側に行くにつれて渦巻きの腕の速度が遅くなるはずである。しかし実際は外側も同じ一定の速度なのである。この矛盾を解決するために多くの研究者達は苦慮し天文学の大きな謎の1つとされ、見えない物質である暗黒物質が銀河を取り囲んでいると仮定し、この問題を解こうとしてきた。

 ペラットとジム・グリーンは、シミュレーションを繰り返すことによって暗黒物質を仮定せずにこの問題を解決したのである。
 プラズマによって支配されている銀河の渦巻きの腕は、例えると中心から伸びたバネのようなものである。このようなバネは全長にわたって同じ回転速度をもつことになる。それによってプラズマの圧縮が一定の曲線を作り出すことを示し回転曲線問題を磁場によって解決したのである。
 そのとき、曲線にうねりが見られたが、実際にそれは渦巻きの腕が回る際に行なうローリング運動として観測と一致したのである。
 これらの実験室で作られたミニチュア銀河はプラズマの特性の一つであるスケーラビリティーによって実験室レベルから太陽、銀河そして宇宙論レベルまで時間軸などの変数をかえるだけで広げる事が出来るのである。

宇宙構造体の成り立ち

 現在、銀河、銀河団、超銀河団などの宇宙構造体の形成に関して次の2つの説が考えられている。
1:銀河が最初に生まれ、それらの重力が銀河群や銀河団を形成させる。そしてその集合体が、さらに集まり超銀河団や宇宙の大規模構造ができたという説、
ボトムアップ説:銀河系→銀河団→超銀河団→宇宙の大規模構造
2:大規模構造となる巨大なガスのかたまりが最初に生まれ、その次に超銀河団のもととなる塊が分裂する。そして徐々に銀河団から銀河群が分かれ、それが分裂し銀河になる。つまりスケールダウンしていき順に小さい構造が形成されたという説、
トップダウン説:宇宙の大規模構造→超銀河団→銀河団→銀河。
 プラズマ宇宙論では、2番目のトップダウン説によって宇宙の構造体の起源を説明している。

 プラズマは一般に揺らぎに対して不安定であり、最初の揺らぎは微小なフィラメントもしくは、渦の形成である。これらの渦は、同じ方向に動いているほかの渦を引き寄せながら、成長していく。
 膨大な時間をかけて、プラズマは、より大きなフィラメント的な渦を発達させていく。エネルギーの流れは次第に大きくなって行くが、フィラメントの成長は、ほぼ1000キロメートルの特性速度によって限界付けられている。渦が大きくなるにつれて、成長速度は低下していく。渦の成長と電流の大部分を運んでいた陽子のシンクロトン放射によりエネルギーの損失は均衡し渦は成長を止める。
 そのとき最大のフィラメントは直径100億光年に成長している。大きなエネルギーの流れが平衡から遠ざかるにつれて、重力的不安定性が生じる。フィラメントの、わずかな重力的収縮がその重力を増大させ、さらなる収縮を促す。このような収縮は新たなフィラメントのシステムを誘導し、収縮する物体の中心に向かって電流を引き寄せる。
 収縮によって生じた重力的エネルギーは部分的に電気的エネルギーに転換される。磁気のエネルギーは収縮する他の天体のプラズマと相互作用する事により、新たなフィラメント・システムを生み出し、それが増大する角運動量を分布させ、プラズマを圧縮し、より大きな重力エネルギーの解放を可能にする。

 ここで、不安定性の新たなサイクルが生まれた事になる。宇宙は巨大な送電網になり重力エネルギーを電気に転換する。それが、動力を供給し、より多くの物質を圧縮して、より多くのエネルギーを解放する。
 この新しい揺らぎのサイクルは、宇宙大規模構造、超銀河団、銀河団、銀河、星、などの階層を作り出す。
 収縮の各段階には固有の自然な限界がある。軌道速度がある幅の中に収まるような集中した天体を生みだす。それぞれの天体は順に部分に分裂する。その1つ1つは固有のフィラメント電流を持ち、それ自身の子孫を生む。

 重力エネルギー解放の1つのサイクルの「廃棄物」が、次のサイクルの「原料」になっているのである。


 ここまで読み進めてくると、在ることに気づく人が顕れてくることでしょう。

 このブログで、プラズマ宇宙論を取り上げた理由は、前回まで書き進めてきた「UFOと超科学」の中で、宇宙人と称された方々が説明されていました、「波動や振動」に関しての昭和50年当時の科学者にも理解出来そうな内容です。人類の皆さんにも解って戴きたいという思いを多くのひとに伝えたかったのでしょう。

 今回のテーマは「超科学のための補足」としました。

パウリと再び「一三七」

 パウリが「一三七」に「はまって」しまっていたとは思えない。それでも彼は一九三四年にハイゼンベルクに送った手紙のなかで、鍵となる問題は「一三七と電荷の『原子的神秘性』をうまく処理すること」だと書いている。当時パウリは、電子の質量と電荷が無限大になってしまうことのない量子電磁力学の形式を見いだそうとしていた。だが式をどう操作しても、必ず電荷の概念が入り込んでしまう。だからパウリは、「電荷の原子的神秘性」--「原子」という言葉と「神秘的な」という言葉を合わせたもの--と言ったのである。

 問題はこういうことだった。つまり、量子電磁力学の理論には微細構造定数αを構成する要素として電荷が入り込んでくるのに、量子電磁力学の理論は「電荷の原子論的性質を考慮に入れていない」のである。将来の理論は「基礎となっている考え方を、その根底において統合しなければならない」とパウリは書いている。

 パウリの考えでは、問題の核心は電荷という概念が古典物理学、量子物理学のどちらにとっても異質のものであるという点にあった。古典物理学においても量子物理学においても、電子の電荷は理論から導出できず、むしろ理論に組み入れなければならないものだったのである(これは、ハイゼンベルクとシュレーディンガーの量子論が、電子のスピンを取り込まなければならなかった事情と似ている。ただし、ディラックの理論からは自然に電子のスピンが出てくる)。

 量子論がこの状況に追い討ちをかけたのは、量子論には微細構造定数αが含まれているためである。要するに、微細構造定数は電子の電荷(e)を他の二つの基礎定数、すなわち、きわめて小さなプランク定数h(宇宙における測定可能な最小の領域を定めるとともに、原子の世界を扱う量子論を特徴づけている定数)と、きわめて大きな光速c(宇宙を扱う相対性理論を特徴づけている定数)に結びつけていたのである。

 パウリはあい変わらず、微細構造定数と量子論に現われる無限大との関連に頭を悩ませていた。この問題はどうやっても消えてくれないように思えた。彼は一九三四年四月に、「一三七がうまく処理できれば、すべてが申し分のない状態になるのだが」とハイゼンベルクへの手紙に書いた。六月には、「なぜ1/137なのか。この大問題をずっと考えている」と伝えている。

 この年の十一月にチューリヒで行なった講演のなかで、パウリは量子電磁力学につきまとっている無限大の問題を取り除くことの重要性を強調するとともに、量子電磁力学がわれわれの空間と時間の理解にどのように関係しているのかに聴衆の注意を向けた。その上で彼は、この無限大という問題を解決するには、「無次元の数〔1/137〕の数値的な重要性を解釈する」必要があるだろうと述べた。

 いったい何があったのだろう。なぜパウリは突然、「一三七」についての自身の考えを語りはじめたのだろう。もしかすると、ユングの精神分析が神秘主義的な思索に対するパウリの心を開かせる結果になったのかもしれない。

 一九三五年には、ドイツを逃れてイギリスのケンブリッジ大学に身を寄せていたマックス・ボルンが、「謎めいた数一三七」という題の論考を発表した。ボルンといえばゲッティンゲン大学でパウリの師だった人物である。そのボルンは、なぜ「一三七」が科学者たちにこれほど大きな神秘的な影響力を及ぼすのかを探っていた。ボルンによればその主たる理由は、微細構造定数が、科学研究における究極の目標、すなわち、きわめて大きな世界(宇宙)を探究する相対性理論と極微の世界(原子の世界)を探究する量子論との統合を達成する手立てになるように思えたことにある。

 ボルンは論考のなかで、「一三七」という数を「神秘的な」ものにしている性質をいくつか調べているが、特に注目したのは、次元をもつ基礎定数から構成されているのに、微細構造定数自体は無次元なことだった。微細構造定数は、宇宙がいまある姿に進化する上でもきわめて重要だった。

 ボルンは次のように書いている。「もしα〔微細構造定数〕の値が実際のそれよりも大きかったら、物質とエーテル〔真空、非実在〕を区別することは不可能で、自然法則を見つけ出すわれわれの仕事は、望みのないくらい困難なものになっていただろう。にもかかわらず、αがまさに1/137という値をもつという事実が偶然によるものでないのは確実で、そのこと自体が自然法則なのである。この数を説明することが自然哲学の中心をなす問題でなければならないのは明らかである」。

 一九五五年にスイス連邦工科大学(ETH)の創立100周年記念式典が催された際、パウリはグローリア通りにある物理学科の大講義室に集まった大勢の聴衆を前に、「今日の物理学の問題」をテーマに講演をした。いつもの講演とは違って、今回のパウリは準備してきた原稿を見ながら話を進めた。だが、これではうまく話ができないことがはっきりわかった。パウリは大袈裟な仕草で原稿を脇に放り出すと、即興で力を込めて熱っぽく語りはじめた。話の核心は、微細構造定数がきわめて大きな重要性をもちながら、どれほど不可解で理解しがたいものであるかという点にあった。微細構造定数は単に電子どうしの相互作用の仕方を示しているだけでもないし、測定された定数にとどまるものでもない。科学者が何をなすべきかといえば、それは「微細構造定数を、理論物理学における文字どおりの重要問題であると認めること」である。会場に割れるような拍手が湧き起こった。

 パウリとハイゼンベルクは、原子物理学におけるスペクトル線を理解する上でも、また、電子と光の相互作用の仕方を扱う量子電磁力学にとっても、微細構造定数を理解することが根本的な重要性をもつことをはっきり認識していた。そこで二人は、微細構造定数を最初から量子論に取り入れるのではなく、逆に量子論から微細構造定数を導いてやろうと決意した。彼らの考えでは、微細構造定数の導出が可能な量子電磁力学の形式を見つけることができれば、そこには理論を台なしにしてしまう無限大になる量は含まれていないはずだった。だが、どうやってもうまくいかなかった。物理学者たちを悩ませているさらに根源的な問題--微細構造定数をどのようにして導くかにとどまらず、素粒子の質量をどう説明すればいいのか--は現在にいたっても解決されていない。

 アメリカの物理学者リチャード・ファインマンも、「一三七」について論じたエディントンの哲学論文と科学論文を調べたことがある。そのファインマンは一九八五年の著書『光と物質のふしぎな理論』のなかで、彼独特の語り口で次のように述べている。

 1/137は50年以上も前に発見されて以降ずっと謎のままであり、有能な理論物理学者はおしなべて、この数を自室の壁に貼って頭を悩ませている。この数がどうして現われるのか、すぐにでもその起源を知りたいと思うだろうが……だれにもわからないのだ。1/137は物理学におけるもっとも忌まわしい謎の一つである。われわれのところにやってきて強大な影響力を及ぼしているくせに、人間にはまったく理解不能な魔法の数なのだ。

 そもそも、この魔法の数はどこから現われたのだろう。発見したのはゾンマーフェルトだが、彼はどのようにしてこの数を見つけたのだろう。ゾンマーフェルトがたどった思考の過程をかいま見るためには、ちょっとばかり数学の旅をするより仕方がない。

 スペクトル線の構造の問題をじっくり考えていたゾンマーフェルトは、原子を微小な太陽系に模したボーアの原子理論に現われる式を別の角度から眺めてみた。その式とは、
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である。これは、水素原子の電子やアルカリ金属原子の最外殻の電子のように、孤立電子のエネルギー準位を与える式である。アルカリ金属原子は内殻がすべて電子で満杯の状態、すなわち閉殻になっており、最外殻の一個の電子だけが化学反応に関与するという点で水素原子と似ている(ちなみに、パウリはアルカリ金属原子を研究していて排他原理を発見した)。エルグ(erg)はエネルギーのcgs単位である。この式は整数の量子数(主量子数)によって定まる特定の軌道を回る電子のエネルギーを表わしている。Zは原子核の陽子数で、右辺のマイナス記号は、電子が原子内に束縛されていることを示している。2.7×10^(-11)エルグというエネルギー量は、電子の電荷(e)、電子の質量(m)、プランク定数(h)を組み合わせた
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の形で(1)式に含まれていたものを算出した値である。この値は、水素原子(Z=1)の電子がもっともエネルギーの小さな軌道(n=1)にあるときのエネルギーを表わしてもいる。

 ゾンマーフェルトはボーアの元の理論に手を加える必要があると結論を下した。彼の着想のすばらしさは、新たに定式化するに際して相対性理論を取り込んだ点にある。そうすれば、質量とエネルギーの等価性を述べたE=mc^2にしたがって、電子の質量が変化することを考慮に入れることになる。その結果得られたのが
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である。この新たな式には、nのほかに量子数kが加わっているが、これは電子が取りうる軌道の数が増えることを示しており、電子がより多くの軌道間で量子ジャンプをする可能性があってもおかしくないということになる。したがって、これなら原子がさらに多くのスペクトル線、すなわち微細構造を示す可能性があってもおかしくないのである。

 式(2)の{ }を外せば、
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となるから、右辺の第一項は元のボーアの理論の式(1)と同じである。だが今回の式にはさらに一つ項が加わっている。

 この二番目の項に二乗の形でかかっているという記号の組み合わせは、これまで物理学者のだれ一人お目にかかったことのないものだった。ゾンマーフェルトは電子の電荷、プランク定数、真空中の光速の値をもとに、
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が0.00729になることを導いた。この定数が原子のスペクトル線の分裂--すなわち微細構造--のスケールを決めていることに気づいた彼は、これに微細構造定数の名を与えた。

 この数が式に現われるのは、この数が原子のなかに存在するからなのである。微細構造定数が原子の実在の一部なのは、原子にはスペクトル線の微細構造が内包されているからである。それまでも、物理学者たちは微細構造が存在することは知っていた。彼らは実際に微細構造を測定していたが、実験結果と一致する微細構造の式を手にしていなかった。それをいま、次の形で手にしたのである。
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式(2)の
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を1/137で置き換えた式(3)は、実験で観察される微細構造を完璧に表現していた。

 また、「黄金比」と数学的に関係づけられるフィボナッチ数列の項を利用しても「一三七」を表わすことができる。フィボナッチ数列は整数からなる数列で、最初の項を0、次の項を1と定め、それ以降の項は前の二つの項の和になっている。したがって、フィボナッチ数列は0,1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233,377,610,987……という具合につづいていく。

 この数列の隣り合う二つの項の比をとっていくと、1/1=1.000000、2/1=2.000000、5/3=1.666666……、987/610=1.618033というように、黄金比の値である1.6180339837……に到達する(フィボナッチ数列の隣り合う 2項の比は黄金比に収束する)。古代ギリシア以降、黄金比による分割(黄金分割)は、もっとも調和のとれた分割法として画家や建築家の指針になってきた。ちなみに、古代エジプトのピラミッドやアテネのパルテノン神殿、現代の国連ビルにも黄金分割が見られる。

 フィボナッチ数列の名は、一三世紀にこの数列を表わす漸化式の問題を取り上げたイタリアの数学者フィボナッチ(ピサのレオナルド、レオナルド・ピサーノともいう)にちなんで名づけられた。フィボナッチ数列と黄金比の関係に気づいたのはケプラーである。 

 フィボナッチ数は、先に述べたような関係があるので、「一三七」を黄金比に換算すれば、「一三七」を表わすどんな式でもフィボナッチ数を使って書き直すことができる。もっともそんなことをしても、単にある特定の数のあいだに深遠な関係があるというだけのことで、それ以上のものが得られるかどうかは定かでない。

 しかし、円を考えに入れて一三七を角度と見なすと円は360度であることから
360÷α=2.627048…(小数点以下は循環小数)
となり黄金比であるφ^2=2.618034……に近い数になる。

 あるいは137ではなく137.51にすると、
(360-137.51)÷137.51=1.61799
となってφの値1.618034……に近くなる。

 フィボナッチ数を組み合わせて「一三七」を作りだしても、残念ながらそこに「科学的」根拠があるわけではない。それなのに、人々はあいも変わらず「一三七」を何とかしようとして、もどかしい思いをしている。それどころか「一三七」は熱中や崇拝の対象になってしまっている。

 「一三七」を追求し続けたパウリは、1958年一二月一五日チューリッヒの赤十字病院の一三七号室で膵臓がんにより息を引き取った。

 今まで6回に及ぶこのブログでの書き込みを顧みると、「一三七」という数と、パウリが微細構造定数を量子電磁力学から導こうと取り付かれたよういになったことに行き着く。「一三七」を導くという問題は、現在においてもいまだ未解決である。

パウリの夢と「中国人の女」?

 パウリが一九五四年十一月に見た夢は非常に奇妙なものだった。当時の彼は、昼間は物理学における対称性の
問題と、心理学における対称性の問題(互いに鏡像関係にある意識と無意識の問題)に没頭していた。したがっ
て当然のように、夢中になっていた問題が形を変えて夢のなかにも現われた。

 その夢のなかのパウリは、一人の暗い色の女とともに、鏡を使った光の反射などの実験が行なわれている部屋
のなかにいる。室内にいる「他の人たち」は鏡に映った反射像を現実の物体だと考えているが、パウリと暗い色
の女はそれが鏡像にすぎないことを知っている。そして、暗い色の女は時折、『中国人の女』に姿を変える。

 パウリは、夢のなかの「他の人たち」は集団が共有している見解を象徴しているのだろうと推測した。そし
て、パウリが懸命に取り組んでいた難問は、「この夢では『物体』と『鏡による反射像』のあいだに対称性がな
い」ことであった。なぜなら、この夢の核心はまさに、両者を別のものとして区別することだったからである。
夢のなかのパウリには、現実の物体のように見えるものが鏡に映った像にすぎないとわかっていても、「他の人
たち」はそれが理解できない。この夢は鏡映対称性を完全に欠いている。だが、当時としては鏡映対称性の欠如
などありえないことであった。

 一九五二年から一九五六年にかけて、物理学の世界では、このテーマに焦点を当てるのがもっともだと思われ
るような目立った進展は何もなかった。彼が「中国人の女」の夢を見て、「この問題には心理学的な要囚が絡ん
でいるに違いない」と考えるようになるのは、その二年後のことである。

 パウリは時間の反転を調べることで鏡映対称性の研究に着手した。彼は時間を記号Tで表わし、それにマイナ
スの符号をつけた。これは要するに、時間を逆向きに進ませるということである(時間が逆に進むのを想像する
のは容易ではないが、素粒子の世界では実際に、はじめの状態と終わりの状態が入れ替わった反応、すなわち時
間を反転させた反応が生じる)。時間が逆向きに流れるとき、その世界では、もともとは右方向に運動していた
粒子は左方向に運動している。粒子の速度も反転しているのだ。時間反転則によれば、時間を反転させても物理
法則は不変に保たれる。これを時間反転不変性という。要するに、運動している素粒子の集団の状態は、時間が
反転している同じ素粒子集団の状態と何ら違いがないということである。時間反転不変性は、特別な状態にある
物体の集団がもつ性質ではなく、その集団の異なる二つの状態に見られる性質である。言いかえれば、電子のス
ピンとは違って、時間反転不変性は粒子固有のものではない。

 鏡映対称性の問題を論じたパウリの講演にヒントを得て、時間反転に対する対称性と他の二つの対称性の関係
の研究に向かう物理学者も現われた。その二つとは、パリティ変換(P)と荷電共役変換(C)に対する対称性
である。パリティ変換は時間座標を変えずに空間座標の符号を変える操作であり、簡単に言えば、この変換によ
って右と左が入れ替わった鏡像が得られる。古典物理学、量子物理学のいずれにおいてもパリティ保存則が成り
立ち、すべての物理学的系で右と左の違いの影響はないとされていた。物理学者たちは、原子の系のパリティ対
称性は時空内の系の位置とは無関係で、どんな相互作用のもとでも不変に保たれると考えていた。パリティ保存
則が成立していれば、何らかの実験を行なって得られる結果は、その実験を鏡に映して見たときとまったく同じ
で、鏡には完全な反射像が生じる。これをパリティ不変性、あるいは鏡映対称性と呼んでいる。

 もう少し厳密に言えば、パリティ保存則とは要するに、物理学の法則は左右の入れ替え(空間の反転)に対し
て不変でなければならないということである。パリティ不変性によって原子の系のさまざまな性質を説明できた
ため、パウリが鏡映対称性の研究をはじめたころにはパリティ不変性は自明のものとされており、疑問視される
ことはなかった。

 鏡像の研究に着手してから二年を経た一九五四年、パウリはこの問題をさらに深く調べてみようと決意した。
荷電共役変換(C)、パリティ変換(P)、時間の反転(T)をそれぞれ個別に調べるのではなく、この三つを
組み合わせた操作であるCPT変換を総体的に調べることにしたのである。したがってCPT変換は、粒子と反
粒子の置き換え(C)、右と左(空間)の入れ替え(P)、時間の反転(T)の操作を伴い、数学的にはこの三
つの積変換を行なうことになる。模式的に書けば(粒子⇔反粒子)×(右⇔左)×(未来⇔過去)である。CP
T変換からは、反物質が物質に取って代わり、位置座標がすべて逆になり、時間が逆に流れている世界、すなわ
ち鏡像宇宙をわれわれの宇宙と区別することは事実上不可能であるという驚くべき結果が導かれる。

 パウリはCPT変換というこの複雑な概念を「C、P、Tの操作をそれぞれ個別的に取り上げる場合に比べる
と、……この三つの操作すべてを組み合わせたCPT変換のほうがはるかに一般的な仮定のもとで正確である」
と述べている。CPT変換では半整数のスピンをもつ粒子の集団と整数のスピンをもつ粒子の集団を別々に扱わ
なければならないので、この変換を数学によって取り扱う際には排他原理が重要な役割を果たした。

 一九五六年六月、実験物理学者のフレデリック・ライネスとクライド・コーワンが劇的な発見を成しとげた。
ついに、パウリが26年前に存在を予測したニュートリノが実際に存在することを、実験によって証明したので
ある。そして、パウリは世界中から「ニュートリノの生みの親」として賞賛を浴び、ニュートリノについての講
演依頼が殺到した。

 同じ一九五六年の六月に、二人の中国系アメリカ人の物理学者、T・D・リーとC・N・ヤンが一篇の論稿を
パウリのもとに送ってきた。そのなかで二人は、もしかすると鏡映対称性(パリティ変換に対する不変性)がつ
ねに保存されるとはかぎらないかもしれないと述べていた。

 科学文献を調べたりーとヤンは、パリティ保存則を裏づける実験的証拠が実際にはほとんどなく、パリティ保
存則が普遍的なものではないと考えれば、高エネルギー物理学のいくつかの不可解な現象を理解できるようにな
ると確信していた。彼らは自分たちの考えを検証するための具体的な実験も提案していた。パリティ保存則が破
れているかもしれないと提案するとは、とんでもない話だった。パウリはくすくす笑って彼らの論文を無視し
た。

 にもかかわらず、リーとヤンの言い分には大きな説得力があったため、興味をもつようになって実験に着手す
る物理学者も現われた。パウリは翌一九五七年一月一七日にヴァイスコップ宛に書いた手紙のなかで、実験が失
敗に終わるほうに「大金を賭けてもいい」と述べていた。前日の『ニューヨークータイムズ』紙の一面に、同紙
が物理学の「中国革命」と名づけた出来事が報じられていたことなど知る由もなかった。中国出身の女性物理学
者チェン・シュン・ウーに率いられたコロンビア大学の研究グループが実に見事な実験を行ない、弱い相互作用
ではパリティが破れている(パリティ変換に対する不変性が成立しない)ことを疑問の余地なく実証したのであ
る。かくしてパリティ保存則は弱い相互作用ではくつがえされた。それはパウリにとって青天の霹靂にも等しい
衝撃的な出来事だった。

 言うまでもないことだが、まわりを見回せば、人間の身体だって左右対称になっていない。だが物理学者たち
はそれまでずっと、物理学の法則には鏡映対称性があって当然だと決めてかかっていた。物理学の式はどんな場
合もこれを前提にして書かれてきた。それが少なくとも原子のレべルでは、鏡映対称性がいつでも当てはまると
はかぎらないことが明らかになった。

 「自然は数学のような正確無比のものではなく、われわれが考えていたようなものとは違うのだろう」と、パ
ウリはフィールツヘの手紙にこう書いている。パリティの破れの発見は、ピュタゴラス学派の人々が2の平方根
が有理数にならないのを知ったのと同じように、状況を一変させる出来事だった。

 それでもパウリは、対称性を有する原理や法則のほうが一般的でなければならないと固く信じていた。そうし
た原理や法則を見つける手立ては論理によって得られるだけでなく、思想の不合理な側面にも見いだせる。「私
の場合、数学と神秘主義が入り混じった見方は、物理学における重要な成果につながっており、いまでも卓越し
た地位を占めている」と彼は言う。

 パウリは一九四一年にカリフォルニア大学でウーと会ったことがあり、ユングには彼女のことを「実験物理学
者としても、知性にあふれる若くてきれいな中国人女性としても」印象的だったと知らせている。ウーは一九三
六年に渡米し、カリフォルニア大学で研究をしたあとコロンビア大学に移った。彼女は、まさに、パリティ保存
則を検証する超精密実験の試みには欠かせない人物だったのである。

 パウリはウーヘの手紙に、「私がいままで、これ〔パリティの破れ〕が文字どおり起こりうることを受け入れ
られなかったのは、なぜ鏡映対称性の制約が『弱い』相互作用にのみ現われ、『強い』相互作用では現われない
のかという疑問のためでした」と書いている。また、ユングヘの手紙では、パウリは想像力に富む表現で「結局
のところ神は軽い左利きでした」との言葉を残している。

 古典的な描像で言えば、ニュートリノの自転(スピン)は一方向にかぎられている。鏡に映ったニュートリノ
もやはり同じ方向に自転しているのである。われわれが日常使うねじの大半は右ねじで、時計回りに回転させる
と前に進んでいく。ニュートリノはこの意味では左ねじである。というのも、ニュートリノは運動方向に対して
左回りの自転をしているからである。だから「神は左利き」なのだが、それでも軽い左利きなのは、神が左手だ
けを使うのはパリティが破れている弱い相互作用(ニュートリノが主役を演じる相互作用)にかぎられているた
めである。

 パリティの破れにまつわる出来事が共時性の見事な一例であることに、パウリが気づかないはずはなかった。
パウリの夢のなかでは「中国人の女」が重要な役割を担っていたが、特にそれが顕著に表われていたのが、鏡と
鏡による反射像を伴う夢であった。現実の世界では、中国人の女性研究者が物理学におけるパリティ保存則、す
なわち鏡映対称性をくつがえす実験を行なったのである。パウリはユングに、物理学におけるこの「中国革命」
がどれほど「ショック」だったかを述べていた。

パウリの夢に意識としての「虚数」が生まれた!

 一九三五年ころから、パウリは時折、「物理学に由来する用語や概念が定性的・比喩的意味で--すなわち、象徴的な意味で--現われる」夢や白昼夢を見るようになった。彼はこの象徴的現われを「背景物理」と呼んでいる。彼はこうした夢に登場するシンボルと、ケプラーの著作などの「科学用語や科学概念がかなり未熟な段階にあった」一七世紀の文献で見た象徴的図像とのあいだに類似性があることに思い当たった。

 この類似性を調べているとき、パウリは科学について何の知識もない人々が、しばしば同じようなイメージを作りだしていたのを発見した。彼はこの事実をもとに、自分の見た夢は結局のところ無意味なものでもなければ根拠のないものでもないとの結論を下した。こうした類似性は、「背景物理が元型的性質をもつこと」の証拠のように思えたのである。物理学と心理学は互いに補完しあう相補的な関係にあるので、「どちらにとっても同じように有効な手法があり、それを利用すれば、心理学者たちは『裏から』(すなわち、元型の研究を通して)物理学の世界に導かれるに違いない」とパウリは確信した。言いかえれば、物理学の概念や用語のシンボルが時代を超えて広く見られるという事実は、原子物理学のシンボルが元型に由来することの確固たる証拠を与えているように思われたのである。

 パウリは「背景物理」の一例としては、スペクトル線の微細構造を取り上げている。彼が見つけようとしていたのは、夢に隠されている意味、すなわち純然たる物理学を超えた「第二の意味」である。その意味を解き明かすには、パウリは物理学者だけでなく心理学者にも理解可能な「中性言語」を探しだし、微細構造という概念をその言葉に翻訳しなければならない。彼が特に興味をもったのは二重線--微細構造が二本のスペクトル線となって現われる--の夢である。パウリは二重線への分裂を、子どもの誕生の瞬間に母体と一つだったものが二つになるという経験と関連づけた。誕生の瞬間、胎児はスペクトル線が分裂して二重線になるのと同じように、一個の独立した存在となる。さらに二重線は、「新たに生まれた意識の内容が無意識の鏡像を表わす」--無意識を映す鏡としての意識--という精神的な意味での二重化とも結びつけられる。

 パウリは一九五三年に、とりわけ印象に残るスペクトル線の夢を見た。夢のなかのパウリは妻のフランカとある実験を観察していて、実験の結果は写真板上にスペクトル線として現われる。スペクトル線のうちの一本は微細構造をもっていた。

 パウリはこの夢について、「好ましい徴候があり、二番目のスペクトル線に微細構造が見られる」、そして「この夢がどんな働きをしているかと言えば、それは無意識の内容の意識への同化のはじまりを示す」と解釈した。パウリはかなり以前から、二重線がスズメバチ(パウリにとっては大きな恐怖のもとだった)やトラに見られる、明暗が交互になった縞模様にそっくりなのに気づいていた。このパターンは対立する二つの力、光と闇の果てしない反復を表わしていた。心理学的観点から見れば、このパターンは心理状態に反復性があることの象徴だった。

 この光と闇の対立の意味は、ボーアの相補性という考え方を適用すればさらに明確になる。相補性はそもそもは、互いに補完しあう関係にある相補的な対--たとえば波動と粒子--のあいだの対立という観点に立てば量子力学的現象の理解が可能であることを述べたものだった。とはいえボーアは、相補性が物理学にとどまるものでなく、あらゆる生命現象の理解に不可欠のものだと確信していた。生命現象では生と死、愛と憎しみ、陰と陽といった相補的な対が重要な役割を演じているのである。パウリは一九四八年のエッセイのなかで、こうしたことはいずれも、「対立物からなる相補的な対には、これに対応するさらに深遠な元型があることを指し示しているように思われる」と述べている。さらに言えば、こうした相補的な対は、二本に分裂するスペクトル線によって象徴化され、分裂の幅は『一三七』という数で特徴づけられる。このことが、『一三七』は元型的な数であるというパウリの信念をさらに強固なものにした。

 相補的な対という見方をすることで、パウリは中国の書『易経』の根本をなす、線によるパターンのことも思い出した。

 中国に古くから伝わる占いである易が現在のような形になったのは、周(紀元前1050?~前256)の時代だったとされている。『易経』はその易のための書で、ユングは、『易経』は西欧の因果律という考え方を用いたのでは理解できない偶然の出来事の本質を見抜いていると考えていた。
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図:上左;八卦爻と太極、上右;後天八卦図、下二つは先天図・後天図の配置

 『易経』の本文経(けい)は、卦(「け」ともいう)と呼ばれる64種類の象徴的記号と、その意味を解説した占断の言葉で構成されている。卦は陰の象徴である「--」と陽の象徴である「――」の棒、爻(こう)を三本組み合わせて作った八種類のパターン(八卦)を上下に二つ重ね合わせたものである。占者は筮竹(ぜいちく)と呼ばれる50本の細い竹の棒を使って卦を立てる。卦が得られると、占者はそれをもとに占断を下す。それぞれの卦を解説した『易経』の占断の言葉はきわめて格言に富んでおり、慎重な解釈が必要とされる。

 易による予言は多くの要因に関係している。もっとも重要なのは、われわれを取り巻いている世界は善と悪、光と闇、愛と憎しみ、男と女などの二元性を意味する対立物……すなわち陰と陽……のせめぎ合いから生じるということである。ユングは卦に込められたメッセージが西欧の物理学では説明できない「現在という瞬間」の隠された性質、すなわち偶然の出来事の同時性の意味を明らかにすると考えていた。

 パウリも「夢に出てきた場面を解釈するときに」『易経』の文言を参考にしていた。パウリが卦による占いをどこまで理解していたかはともかく、彼は一つの爻を描くのには三回の操作が必要なのに、「その結果は4で割り切れる数によっている」と述べている……またしても三と四なのだ。しかも、64(卦の数)は4を三回掛け合わせた(4の三乗)数である。このことがパウリを宇宙時計の夢に立ち返らせた。宇宙時計の夢では、「三と四に満ちあふれたモチーフが、調和の感覚を与える主たる源になっていた」。

 かつては、物質は万物を生みだす根源であると考えられた。これに対して現代の物理学では、物質は完全に「はかない」存在になった。粒子と反粒子が自然に対生成したり対消滅したりするように、物質は生まれることも消滅してしまうこともあるからである。反粒子の一つに、電子の反粒子である陽電子(ポジトロン)がある。陽電子の性質は、負の電荷ではなく正の電荷をもつという点を除けば、電子とまったく同じである。粒子と反粒子が出会うと、両者は一瞬のうちに消滅して光や他の粒子に変わる。ディラックの有名な方程式(ディラック方程式)によって最初にその存在が予測されていた陽電子は、一九三二年に実験室で発見された。

 パウリは、物質を特別な存在と見なして打ち建てられた生命観には何の根拠もないと考えていたが、粒子の対生成と対消滅は、彼のその見解を裏づけるものだった。アインシュタインは、彼が発見した質量――すなわち物質--とエネルギーの等価性をE=mc^2によって象徴的に表わした。この式では、質量が形状をもたないエネルギーで置き換えられている。エネルギーは形態を変えることはあっても消滅することはないので、時間を超えた存在と言ってもいい。その結果、エネルギーの総量はつねに不変である。これをエネルギー保存則と呼んでいる。だが相対性理論からは、質量については保存則が成り立たないという驚くべき結果が導かれる。

 エネルギーは時間を超越しているとも言えるが、その時間と空間のなかへの現われ方は独特である。量子物理学によれば、原子のスペクトル線として観測される光のエネルギーは、その光の振動数(1秒間に何回振動しているか)に比例する。

 電子がエネルギーの大きい軌道から小さい軌道へ飛躍する際に生じるスペクトル線のエネルギーを正確に知ろうとすればするほど、電子の遷移に要した時間を正確に計測することができなくなる。ハイゼンベルクが最初に粒子の位置と運動量の測定で発見したのと同じく、エネルギーと時間のあいだにも不確定性関係(不確定性原理)がある。

 パウリはエネルギーと時間の二つの座標軸を「不滅のエネルギーと運動量」に対する「限定された時空的過程」と表わし、程度の違いこそあれ、各々の微小部分はつねに存在しているので、エネルギーと時間は実在の相補的側面であると見なした。

 パウリはスペクトル線の分裂の夢を見たことで、スペクトル線の振動数、なかでも二重線の振動数と意識・無意識などの対立物の対どうしの緊張とのあいだに、何らかの関連があると確信するようになった。エネルギーは時間の枠外に存在していて、限定された空間と時間の幅で生起する過程に対して相補的関係にあるが、同じように、元型的な心(時間を超越した集合的無意識)とわれわれが個人的に有している意識的な心、すなわち自我とのあいたにも相補性がある。前者が時間の全体にわたって存在するのに対して、後者の存在は日常生活の特定の時間幅にかぎられるからである。

 一九四八年の春分のころ、パウリは二つの夢を見た。その二つの夢は数学記号だらけだった。そのうちの一つには、マイナス1(-1)の平方根(√-1)のiが登場する。iはわれわれが日常生活で使っている数--いわゆる実数--とは異なることから「虚数」と呼ばれるが、複雑な式を虚数iを利用して表わすと単純な形になる場合がある。

 また、もう一方の夢では、女がパウリに一羽の鳥をもってくる。鳥は卵を一つ産み落とすが、しばらくするとそれは割れて二つになる。そのとき夢のなかのパウリは、自分も卵を一つ手にしていて、卵は全部で三つになることに気づく。すると突然、手にしていた卵が二つに割れる。いまでは卵は四つになった。四つが一組になって姿を現わしたのだ。パウリが見ている前で、四つの卵は数学記号に形を変える。四つの数学記号は左右隣り合わせの二つのグループに分かれていて、一方のグループではcos(δ/2)が二つ上下に並び、もう一方ではsin(δ/2)が上下に並んでいる。コサイン(cos)、サイン(sin)は直角三角形の二辺の長さの比を与える量、デルタ(δ)は三角形の二辺が作る角度である。夢はさらにつづき、これら四つの数学記号はiによって合体し、数学者にはお馴染みの次の形の式になる。
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 夢のなかのパウリはこの式を次の方程式に変える。
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 eは「自然対数の底」で、その値は2.71828…とどこまでもつづく小数になり(eは無理数と呼ばれる数の一つ。無理数は小数で表わすと循環しない無限小数になる)、e^iδの絶対値は1である。このように、四つの要素の組み合わせにiを挿入することで統一がもたらされた。

 夢に出てきた卵のことを熟考したパウリは、卵が割れて増えていく過程が、一七〇〇年ほど前の女性錬金術師マリア・プロフェティサの言葉、「一は二となり、二は三となり、第三のものから全一なる第四のものが生ずる」にぴったり符合することに気づいた。パウリが注目したのは、この変容が「私の場合は例によって数学を通して生じた」ことである。

 パウリがこの夢全体に対して与えた解釈は、数学とは大きくかけ離れたものだった。パウリはユングに自身の解釈を伝え、e^iδで表わされる数がすべて半径1の円周上に載ることを説明した。iという数学記号がもつ力によって、マンダラが円の形をとって現われたのである。夢のなかのiには「対立物の対(対立する二つのグループに配置されたコサイン関数とサイン関数)を結合するという理性を超えた働きがあり、それによって一体性を生みだす」。それどころか、eもやはり理性を超えた無理数の一つなのだ。これらの事実は、数学が「〔自然を〕象徴的に記述するのにとりわけ優れている」ことを示している。

 数学記号は、直観に反する量子の世界の特性、たとえば、どうやっても図に示すことが不可能な波動と粒子の二重性などを一体のものにして表わすための申し分のない手段なのである。

 さらに熟考を重ねたパウリは、次々に割れていく卵は分裂するスペクトル線のアナロジーであるとの考えを提示した。精度の高い分光器を使ってスペクトル線の微細構造を詳しく調べれば、一本に見えた線が実際には二本の線からなり、線と線との間隔が『一三七』という数によって特徴づけられていることがわかる。だとすると、物理学では4ではなく2が根源的な数ということになるのだろうか。物理学にも心理学にも相補的な関係にある対立物があり、それらは心のなかでも二が支配的であることを示唆していた。だが、パウリの夢に4--四つ組--が現われたことは、物質的世界と、物質的世界についての意識的知識、さらには無意識が一体のものであることを示していた。パウリによる第四の量子数の発見は、まさしくこの一体性が必要であることを示しており、したがって、第四の量子数は最初は意外に思われたとはいえ、四が完全性の元型であるとすれば、その存在は最初から予想されて当然だったのである。

 パウリの夢のなかでさまざまな要素を統合した-1平方根iは、シュレーディンガーの波動関数(シュレーディンガー方程式の解)にも現われる。シュレーディンガーの波動関数は独立変数、従属変数のいずれもが複素数(a,bを実数として、a+ibの形で表わされる数)の複素関数で、量子物理学における粒子の位置の観測結果と不可分の関係にあるだけでなく、物質の波動としての性質と粒子としての性質を統一的に表わしている。

 いずれにせよ、iによって四つの要素が統合される夢を見たことで、量子物理学はさらに包括的で壮大な世界像の一部を形成しなければならないというパウリの確信はいっそう強まった。量子物理学は数学によって記述できる現象にしか言及しておらず、注目したのももっぱら実験室で測定可能な量にかぎられていた。意識などの観念を考慮に入れることはなかったのである。

パウリの夢の中に出てきた「宇宙時計」

 今回はパウリの夢の中に出てきた「宇宙時計」についてユングの考察を交えて書くことにしました。ユングは物理学者のパウリとともに共時性(シンクロニシティー=意味のある偶然の一致)に関する研究を発表しています。この二人が、物理学に関する「数」を巡る旅の始まりを、今回のブログ記事で取り上げますので、少し長い文章になってしまいました。物理学の発想を追求するためには、とても重要なところではないかという気が致しましたので、申し訳ありませんがしばらくお付き合い下さい。


 パウリがふたたびユングの書斎に顔を出したのは、一九三二年の十一月であった。このとき以降、二人は毎週月曜日の午後に一時間前後の時間をとって、定期的に面談を行なうようになった。パウリはそれまでも自分の見た夢を記録していたが、一九三四年にユングとの面談を終えるまでに、さらに多くの夢が記録に加わり、その数は1000を超えることになる。ユングは一九三五年にロンドンで行なった講演のなかで、「優秀な科学者として非常に有名な若い男性」が見た夢の話を非常にうれしそうに「彼の夢には信じられないほどの一連の元型的イメージが含まれていた」と報告している。

 ユングはパウリが記録した多数の夢のなかから400を取り上げて詳細に検討している。ユングが選びだしたのは、彼が「個性化」と呼んだ過程の例証となる夢である。個性化はユング学派には特別な意味をもつ用語で、各人が個性的人格を発達させる過程を指す。精神分析の観点からは、個性化が生じるのは、患者の意識と無意識がバランスのとれた状態に達したときであるとされる。この状態に到達した徴候として、患者はマンダラの夢を見るようになる。

 個性化が実現した状態では、四つの心理学的機能――思考、感情、直観、感覚――は完全に意識されており、これら四つが合わさって統一された全体を作りあげている。ユングがパウリの分析に着手する以前の段階では、パウリの意識のなかで卓越していたのは思考機能であった。彼の感情機能は完全に無意識のなかに沈んでおり、感覚機能と直観機能も無意識のなかに半ば沈んだ状態になっていた。とことん知性に訴える人間で、自分の感情というものをまったく理解していない――ユングは心理学的に見たパウリの状態をこのように描いていた(図1参照)。

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図1:パウリの意識の四つの機能を示した図。優越機能である思考は円の上半分を占めている。劣等機能である感情は暗いほうの半円に位置している。感覚と直観の二つの副機能は半ば明るく半ば暗い。

 パウリが見る夢は時とともに変化していったが、かなり早い段階から、パターンが生じるように円が姿を現わしていた。最初に現われたのは自分の尾に食らいついているウロボロスで、ユングはこれをマンダラの原始的形態であると解した。ついで、円はもっと進化した形をとって、永久機関の夢、すなわち永遠に動きつづける振り子時計の夢のなかにふたたび姿を現わした。永遠に動きつづけるものは、永遠の円運動をするのである。そのあとパウリは恐ろしい夢を見た。人々が正方形のまわりを歩き回っていて、正方形の中心では動物の肉塊から人間の頭部が創造されている夢である。この夢では、恐ろしい出来事は円の内部ではなく正方形の内部で起きているが、ユングは、これはパウリの夢にしばしば登場する四人の人物、すなわち分析心理学で言う四つの機能を表わしていると解釈し、ことによると、パウリが発見した四つの量子数も表わしているのかもしれないと述べている。

 ユングは円と正方形に関して、「男と女を囲んでまるい円を描き、その円をもとに四角形を、四角形をもとに三角形を得よ。さらに円を描けば哲学者の石を得ん」という錬金術書の一節を引いているが、これはラマ教のマンダラを描写したものにもなっている。さらに、もっとも根源的なレヴェルで見れば、この記述は、正方形の内部に築いた半球状の小山(覆鉢)からなる仏教の聖建造物、ストゥーパ(仏舎利塔)の平面図を表わしている。礼拝する信者たちはストゥーパのまわりをつねに時計方向、すなわち右回りに歩く。左回りは不吉とされているからである。ユングはこれに関して、右は意識へと通じ、左は無意識に通じるからだと説明している。マンダラの絵は、正方形の内部に円と東西南北の四方位が含まれており、したがって人間の生のすべてもここに含まれていることをはっきりと示している(図2参照)。

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図2:金剛界曼陀羅(マンダラ))

 パウリの夢に現われるマンダラは時とともにより完全な形をとるようになり、ユングはこの変化を、パウリが心の旅路のなかで個性化に向かって歩を進め、健全なペルソナを作りあげつつある証拠だと見なした。夢に現われるマンダラを描いたパウリの一連の絵は、彼のなかで意識と無意識がますます釣り合った状態に近づきつつあることをはっきりと示していた。

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図3:パウリの夢に出てきたいびつなマンダラ

 ユングに指示されて夢の記録をつづけていたパウリは、ある日はじめて不正確な形のマンダラの夢を見た。パウリは夢のなかで何とか対称な形にしようとするが、失敗に終わってしまう。そのマンダラは、水平方向の腕木のほうが垂直方向の腕木よりも長かった。ユングはこのマンダラには高さと深さが欠けていると解釈した。言いかえれば、いまだに自我がパウリの心を支配しているということである。夢に現われたこのマンダラのそれぞれの腕木には、パウリが円として描いた鉢状の容器がある。どの容器も液体で満たされている。一つの容器は赤、もう一つは黄色、さらにもう一つは緑の液体が入っているが、第四の基本色である青が欠けているために、第四の容器に入っているのは色のついていない液体である(錬金術師たちの考えでは、虹はアリストテレスの四元素に対応する四色、赤〔火〕、黄色〔空気〕、緑〔水〕、青〔土〕から構成されていた)。パウリの夢に出てきたこのマンダラは、いびつであったばかりか不完全でもあった(図3参照)。

 科学に携わるなかで、パウリは視覚的想像の重要性を十分に承知していた。一九三〇年代の物理学はあい変わらず「精神的・人間的混乱期」にあった。直観に反する原子の世界に対して、パウリがその正しいイメージを作りあげる手立てを追い求めはじめた一九二〇年代と、何ら変わるところがなかった。パウリが提唱した第四の量子数には視覚的イメージが欠落していたが、そのことが、原子を微小な太陽系になぞらえるボーアの視覚的イメージを打ち壊す一助となったのである。

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図4:パウリの夢に出てきた「宇宙時計」

 パウリはそれからしばらくして、彼が「大いなる幻像」と呼んだ「宇宙時計」の夢を見た(図4参照)。彼はその幻像が「調和の極致」の印象を与え、彼自身、幸福感と穏やかな気持ちで満たされたとユングに伝えた。ユングはパウリの夢に出てきた宇宙時計を次のように描写している(上の図には、色を塗り分けていないため、色が塗ってあるものと想像して読み進んで下さい)。

 共通の中心をもつ垂直の円と水平の円がある。これは宇宙時計である。この時計は黒い鳥に支えられている。垂直の円は青い円盤になっており、白の境界線で4×8の32の区画に分割されている。円盤上では指針が回転している。水平の円は四色の色で構成されている。こちらの円の上には振り子をもった小人が四人いて、円の周囲には、それを取り巻くようにリングが配置されている。このリングは以前は黒だったが、いまは黄金色である……この「時計」には三種のリズム、すなわち脈動がある。

 それは次のとおりである。
1 小さな脈動 垂直になっている青い円盤上の指針は、32分の1ずつ進む。
2 中程度の脈動 青い円盤上の指針が完全に一回りする。それと同時に、水平の円が32分の1だけ回転する。
3 大きな脈動 中程度の脈動の32回分は黄金色のリングの1回転分に等しい。

 だが、この時計は何を意味しているのだろう。ユングは、パウリが以前に見た夢のなかでそれとなくほのめかされていたすべてのものが、この時計に凝集されているのを認めた。以前の夢では、それらのシンボル――円、球体、正方形、回転、十字架、四元性、時間――は個別的に登場していた。今回の夢では、完全な対称性が備わっていた。

 パウリの宇宙時計には三種のリズム(脈動)があった。第一は、32の区画に分割された垂直の円盤上で生じる小さな脈動である。指針は時を刻むように、一回に一区画ずつ進みながら回っていく。指針が一回りしてすべての区画を通り終えると、水平の円が32分の1回転する。これが中程度の脈動である。この水平の円が完全に1回転したとき、「大きな脈動が生じる」。黄金色のリングが1回転するのである。

 青い垂直の円は、赤、緑、オレンジ、青の四つの色に分けられた水平の円と交差している。各色の四分円には異様な風体の小人が立っているが、ユングはこれらの小人を「カベイロイ」と解釈している。カベイロイは古代ギリシアに起源をもつ暗黒の神で、航海を守護する神とされている。ユングの分析心理学によれば、カベイロイがこの場にいるのは、無意識へ向かうパウリの心の旅の案内をするためだった。どのカベイロイも振り子を手にしている。そして、青い円の脈動が全過程のはじまりである。ユングは32という数の重要な役割を述べている。すなわち、32は「4」に8をかけたものなのだ。

 これは奇妙に思えるかもしれない。だが、ユングはつづいて、カバラでは32という数はきわめて重要な数で、知恵を意味すると指摘している。カバラによれば、32はヘブライ語のアルファベットの数22と、セフィロトの象徴である生命の樹の枝の数10の和として表わすことができる。さらに、「創造の書」にあるように、知恵にいたる道の数も32なのである。

 パウリはついに完全な形の三次元のマンダラを夢で見た。だが、ユングは当初、それが何を意味しているのかに当惑してしまった。その幻像の印象を「調和の極致」と表現したとき、パウリは何を言おうとしていたのだろう。パウリの心の全体性を意味しているように思われたが、なぜ彼はあんなにもはっきりと、いまは穏やかな気持ちだと言い切ったのだろう。ユングは、何か重要な手がかりを見落としているのだろうかと考えた。もしかすると、パウリは「調和」という言葉で音楽の調和、すなわちケプラーが用いたのと同じ意味での天球の調和のことを言おうとしていたのかもしれない。だが、夢に出てきた円はとりたてて調和を保っているというわけではなかった。いずれの円も、性質も違えば動きも異なっている。

 もう一つの問題は、マンダラの中心には神聖な対象やイメージが位置しているのがつねなのに、パウリが夢で見た宇宙時計にはそうしたものがいっさいないことだった。中心にあるのは、二つの円の直径が交わってできる数学の点だけだった。実質的には何も存在しないのと同じなのである。

 それでも、パウリが夢で見たマンダラ(宇宙時計)は、男性的な三位一体(三つの脈動)と女性的な四つ組み(四つの色と四人のカベイロイ)を含んでおり、両者が組み合わされば錬金術の両性具有を生みだす。ユングはパウリが物理学者であることを心に留めながら、パウリのこのイメージの宇宙論的な意味について思案をめぐらせた。このマンダラは時空の四次元の根源を象徴していると考えられるだろうか。

 だが、それではあまりにも科学に偏りすぎているように思われた。ユングには、この線に沿って思索をさらに推し進めるだけの物理学の知識はなく、彼はその代わりに中世のシンボリズムに目を向けることにした。


 一四世紀のノルマンの詩人ギョーム・ドーディギュルヴェルは『魂の巡礼行』の最終編のなかで、回転する49の球体で構成された天国の幻像を描写している。案内役の天使はギョームに、これら49の球体は現世の世紀を表わしているが、その世紀は通常の時間ではなく永遠の時間であると告げる。大きな黄金色の天がすべての球体を取り囲んでいる。差し渡しが90センチほどしかない青い円が、大きな黄金色の天のなかに下半分を隠した状態で静かに動いている。したがって、ここでは大きな黄金色の体系と小さな青色の体系の二つが交差している。ギョームは、青い円が天の黄金色の円に比べて非常に小さい理由を天使に尋ねる。天使に言われたとおり上を見上げたギョームは、天の王と王妃が玉座についているのを見る。

 すると天使はギョームに、あの小さな青色の円は聖者の暦で、時の要素を運んでいると説明する。まさに今日は三人の聖者の祝宴の日だと天使は言い、それから急いで獣帯(黄道十二宮)の話をはじめる。ギョームに魚座、すなわち双魚宮について話をした天使は、魚座では12人の漁夫による祝祭が行なわれ、そのあと彼らは三位一体の前に姿を表わすと付言する。ギョームは完全に当惑してしまう。何よりもギョームが癪(しゃく)に思ったのは、彼が実際には三位一体の秘密を理解していなかったことだった。天使は三つの基本色である緑、赤、黄金色について話をはじめるが、しばらくすると突然話をやめて、ギョームにこれ以上質問してはいけないと命じる。こうして詩の最終編は終わり、『魂の巡礼行』も幕を閉じる。

 ユングにとってギョームが描写する天の幻像は、パウリが夢で見たマンダラと、パウリを満たした至上の幸福感を解明する重要な手がかりとなった。ギョームの幻像でもパウリの夢でも、青色の円は時を表わしている。パウリのマンダラの青色の円は同じ直径のもう一つの円と交差しており、そのために、円と円とはギョームの場合よりも調和のとれた組み合わせになっている。青色の円は32の区画に均等に分割され、その上を針がカチカチと動いていくが、これは合理性を表わしており、したがって男性的な三位一体の象徴でもある。この青色の円が、交差しているもう一つの円を動かしている。後者は赤、緑、オレンジ、青の四色の部分に分けられていて、それぞれの上にカベイロイが一人ずつ、計四人立っている。こちらの円は四つ組み、すなわち四元性(四位一体)を表わしているとユングは判断した。カベイロイたちが携えている振り子は、この宇宙時計の永遠性を示している。時計のメカニズムが一体となって黄金色のリングを回転させる。この大きな円はもはや暗黒ではない。パウリの心のなかで、彼の暗黒部分である影がアニマ――彼の女性的側面――から分離され、そのため、彼のアニマはいまでは太陽のように輝いている。彼のアニマはもはや無意識のうちに埋没させられるのではなく、光を当てられるようになったのである。
 青色の円の上にある時計がすべての過程を動かしている。その理由は、ここでは三つ組み(三位一体)はこの体系の三重構造のリズムからなる脈動だからである、とユングは言う。この三つ組みも、4の倍数である32にその基礎がある。円と四つ組みは、互いのなかに相手を含むように貫入しあっている。3は4のなかに含まれているのである。

 パウリとギョームが同じような夢と幻像を見ても、パウリがカトリック教徒として育てられたことを考えれば、ある意味では意外ではない。中世を通して三位一体をおおっていた問題は、この三つ組みが女性的要素を締めだしていたことである。ギョームの幻像のなかで一部が欠けていた色は、小さな未発達の円の色である青だが、これは理にかなっている。青は言うまでもなく、聖母マリアがまとっているマントの色である。ここで欠けているのはマリアなのだ。

 ギョームは重要な手がかりを得ていながら、その意味を理解し損ねた。それどころか、彼は王と女王が並んで玉座についているのを見ていた。だが、王キリストは彼自身が三位一体の存在ではないのか。中世の時代に生を受けたギョームは王に注目しすぎたために、女王の存在を忘れてしまった。王と女王、キリストと聖母マリアを合わせれば、結果として四、すなわち四位一体が生じる。だから天使は、ギョームが困った質問を投げかける前に姿を消してしまったのだろう。

 ギョームのみならず中世のすべての哲学者にとって、問題は第四の構成要素を見つけることだった。おそらくパウリの夢が「この古くからの疑問に象徴的な答え」を与えてくれるだろうとユングは述べ、「たぶん、宇宙時計のイメージが『調和の極致』という印象を生みだした理由は、このような非常に深遠なものだったのだろう」と結んでいる。

 ユングはパウリの夢に現われたマンダラの中心に何も存在しないことについて、これは「中世のキリスト教哲学で議論された重要な問題のいくつかを、数学的と言っても過言でないほど抽象的に表わしている」と結論づけた。ユングはギョームの幻像に関する自身の知識だけで、パウリの夢と、歴史をはるかにさかのぼって人々の心を虜にしてきた観念とのあいだのつながりを理解することができた。

 とはいえ、四つ組み「四元性」という概念はどのようにして無意識のなかに現われることができたのだろう。意識が無意識のなかに四つ組みという概念を植え込むことなどできるはずもない。これに関してユングは、心のなかには、四つ組みという概念によって自らを表わし、個人の完成へと向かって動いていく何らかの要素があるに違いないと結論している。彼は四つ組みという概念が世界各地の先史時代の人工遺物に見られることを力説する。四つ組みという概念は、しばしば造物主と関係づけられる元型である。とはいえ、四つ組みという概念は神の実在の証拠とはけっして言えない。人間の意識のうちに「元型的な神のイメージが存在すること」を示しているにすぎないのである。

 分析を受けた結果、パウリは「完全に正常で、分別をわきまえた人間になり」、酒を飲むことさえやめた、とユングは断言している。ユングは、自身の錬金術の象徴の研究が「自己の象徴の発展」を解明するのに役立った重要な分析例として、知的な若い科学者の症例の話をすることが多かった。ユングがパウリに施した分析は、物理学に新たな観点をもたらすことにもなった。

パウリの排他原理について

 ハイゼンベルクは、一九二七年の五月に「量子論的運動学と力学の知覚的内容について」の表題を付した論文には、現代物理学における最重要級の発見の一つが含まれていた。『不確定性原理』である。

 ハイゼンベルクは、量子論の曖昧さと考えられているものが、本質的には言葉の問題であるとし、常識を越えた原子の領域、「物質」が波動であると同時に「粒子」でもある世界で、「位置」や「速度」といった用語をどのように定義するかである。そして、「位置」や「運動量」(速度と質量の積)などの量子力学のいくつかの概念は、論理的推論の法則からも実験からも導くことができないと主張した。むしろわれわれがやらなければならないのは、量子力学の特異な数学を研究することだという。なぜなら、量子力学の数学はそもそもの最初から、原子の領域で位置や運動量などの用語を用いるには細心の注意を払わなければならないと警告していたからである。

 また、彼は「量子論的運動学と力学の知覚的内容について」のなかで驚くべき主張をしていた。実験で電子の運動量を正確に測定すればするほど、ますます電子の位置を正確に突き止めることができなくなる、というのである。これこそ、すぐに不確定性原理の名で呼ばれることになる主張である。不確定性原理がきわめて重大だったのは、アインシュタインの相対性理論と同じく、この原理が物質的世界の本質的性質に関するわれわれの理解に異議を唱えたからであった。

 ニュートン物理学の古典論の世界なら、物体の運動を観測することによって、その位置と運動量を同じ精度で求めることができる。たとえば、望遠鏡と時計を使えば、落下する石の位置と落下速度のどちらも測定できる。ごく大ざっぱに言えば、精度の限界を定めるのは、望遠鏡の十字線と時計の計時機構だけである。測定に伴う誤差を極力小さくすれば、落下する石の位置と運動量をきわめて正確に求めることができる。古典物理学では、位置の測定誤差と運動量の測定誤差との積を、原理的にはゼロにすることもできる。だが、量子力学ではこんなことはありえない。

 ボーアは、電子は実験のなかで粒子と波動の二つの側面のうち、どちらか一方を見せるが、両方を同時に見せることはない。電子を波動であるかのように扱う実験を行なえば、電子は実験中、波動として振る舞い、粒子として扱えば、粒子として振る舞うだろう。こうした表と裏のような性質をボーアは「相補性」と呼んだ。

 ボーアは、相補性は物理学に当てはまるだけでなく、心理学や生命そのものにも当てはまると確信していた。量子力学において言葉の問題がもたらす厄介な状況は、「基本的には、人間が概念を形成するときに主観と客観とを区別することにつきものの一般的困難に似たところがあり、相補性の根底をなす考え方が、この状況を特徴づけるのに適したものであることを期待している」とボーアは述べている。

 中国の陰陽の概念と同じように、補完関係にある二つの相補的概念が実在を規定する。実験が実施されるまで、電子が波動としての特性と粒子としての特性の両方をもっていても、そこには何の矛盾もないのである。ボーアには、量子の奇妙な世界では答えが二つのうちの一つでしかないという必要はなく、電子が実際には粒子か波動のどちらかである必要もないことがわかってきた。不確かさだけでなく、中間の状態があってもいいのだ。電子の波動としての側面と粒子としての側面は互いに補完しあっており、両者が合わさったものが電子そのものなのである。このように、電子は相補関係にある対(ペア)――波動と粒子、位置と運動量――からできている。

 ボーアは相補性を論じた論文の写しをパウリに送り、校訂と忌憚のない批評を求めた。細かな点でいくつかコメントを付したことを除けば、パウリはボーアの考え方に全面的な賛意を表わした。

 もっとも、相補性という考え方を真剣に受け止めたのは、「哲学」にかなり関心をもっている科学者だけであろう。そしてパウリはその一人であった。「知識を獲得する」ために洋の東西で実践されているさまざまな取り組みにも同様の考えが見られるように、パウリは意識を研究するためのもう一つの手段として相補性に注目するようになった。彼は意識と無意識、合理的なものと不合理なものへの関心に加え、こうした相補的なものを理解するのに物理学をどのように利用できるかにも、ますます大きな関心をもつようになった。

 一九二六年の秋、一風変わった二四歳のイギリスの物理学者ポール・ディラックがボーアの研究所にやってきた。すでに原子物理学に重要な寄与をしていたディラックは、同世代の物理学者たちと親交を結ぶのを望んでおり、彼らの論文に注意深く目を通していたが、彼がとりわけつぶさに調べたのは、ハイゼンベルクとパウリの論文であった。

 ディラックは内々にではあったが、光と物質は波動と粒子のどちらでもあるのかをめぐって、ボーアとハイゼンベルクのあいだで戦わされていた激しい議論にも関与していた。イギリスに戻った彼は一九二七年に、以前に考案した数学的手法を利用して、波動から粒子、および粒子から波動への変化を解明する決定的な説明を与え、それによって「波動による記述と光量子による記述との完全な調和」をもたらした。ディラックが用いた数学的手法は、究極的には電子と光がどのように相互作用するのかを問題にしていた。彼の手法は、科学者たちが『量子電磁力学』と呼ぶ、まったく新しい学問分野の基礎を築いた。パウリとハイゼンベルクは新たに登場したこの領域を発展させるために、夢中になって研究に取り組んだ。

 翌一九二八年、ディラックはきわめて重要な方程式を提示した。それがディラック方程式である。電子が光とどのように相互作用するかを表わすディラック方程式は、相対性理論と矛盾することもなかった。ハイゼンベルクの理論とシュレーディンガーの理論は、相対性理論とあい入れなかっただけでなく、無理やりにでもスピンを取り込まなければならなかったのに対して、ディラック方程式には、ごく自然な帰結としてスピンが現われた。こうして、彼の理論はスピンと相対性理論とのつながりをはっきりさせたのである。

 だが、パウリたちは納得できなかった。とりわけ問題だったのは、電子を記述するディラック方程式が負のエネルギーをもつ物体の実在を予測していたことである。当時の物理学者たちは、負のエネルギーをもつ粒子は負の時間と同様、絶対に存在するはずがないと考えていた。ハイゼンベルクはパウリヘの手紙のなかで、ディラック方程式は「現代物理学のもっとも嘆かわしい一部です」とコメントしている。加えて、ディラックの理論はパウリの排他原理については何も解明できなかった。


 少し話がそれるが、一九三二年の一月に、ユング邸に一人の科学者が足を踏み入れた。この科学者こそパウリその人である。この時からパウリがユングとの秘密研究で探求しようとした、物理学に関する「数」を巡る旅が始まったのかもしれない。

 ユング『タイプ論』のなかで内向的思考タイプについて述べている内容は、下記の通りパウリ自身と驚くほどぴったり重なりあうものであった。 
「このタイプの人間の判断は、冷淡でかたくなであり、配慮に欠けているように思われる……自分にとって明らかなことが他の人にも同じように明らかだとはかぎらないことを、自身ではなかなか認めることができない……自分を理解してもらえない相手と出会った場合には、人間が計り知れないほど愚かであることを裏づける、さらなる証拠を集めようとし……子どものような心をもつ人間嫌いの独身主義者になることもある……まわりからは、怒りっぽくて打ち解けず、高慢な人間であるように見え……異性に対して漠然とした恐怖感を抱いている。」

 また、パウリはユング邸は訪れる前に、彼の著書である『タイプ論』の中の次の一節に三本の縦線を引いている。
 「ペルソナが知的である場合、魂は決まって感傷的で……非常に女らしい女性には男性的な魂があり、非常に男らしい男性には女性的な魂がある。この対立状況が生まれるもとは、一例をあげれば、男性は何事においても完全に男性的というわけではなく、女性の特質のいくつかも併せもっているという事実にある」


 パウリは一九三四年に、ディラック方程式に代わる新たな方程式を見つけるための研究に着手した。彼とともにこの研究に取り組んだのは、助手を務めていたヴィクター・ヴァイスコップである。二人が提示した方程式は、ディラック方程式に見られる特性の大半を備えており、相対性理論とも整合した。しかし、ディラック方程式が単位量の二分の一のスピンをもつ粒子(電子)を扱っていたのに対して、パウリとヴァイスコップの方程式は、当時まだ検出されていなかったスピンがゼロの粒子についての方程式であった。ところがスピンを取り込むと、彼らの方程式はもはや相対性理論とは両立しなくなってしまった。

 なぜ両立しないのだろうか。方程式をあれこれいじくり回していたパウリは、まったく新しい重要な事実に気づいた。それは、スピンがゼロの粒子は、単位量の半奇数倍のスピンをもつ粒子とは根本的に異なる、というものであった。単位量の半奇数倍(すなわち1/2倍、3/2倍など)のスピンをもつ粒子は、イタリアの物理学者エンリコ・フェルミの名にちなんでフェルミオンないしはフェルミ粒子と呼ばれている。フェルミオンはフェルミ統計(一九二六年にフェルミとディラックが発見)にしたがうが、これは、フェルミオンあるいは同種のフェルミオンの集団の量子力学的状態を表わす波動関数が、非対称性を示すことを意味している(量子力学では、「統計」という言葉は、集団の波動関数が粒子の位置とスピンの交換に対して対称か非対称かを表わすのに使われる場合がある)。

 当時知られていたフェルミオンは電子、中性子、ニュートリノ、陽子だけであった【ただし、ニュートリノについては、その存在は確実視されていたとはいえ直接証明されてはいなかった】。フェルミオンに対して、単位量の整数倍(0倍、1倍、2倍など)のスピンをもつ粒子のほうは、インドの物理学者サティエンドラ・ボースの名にちなんでボソンまたはボース粒子と呼ばれ、ボース統計(一九二四年にボースとアインシュタインが発見)にしたがう。

 ボソンの場合は、系の波動関数は粒子の位置とスピンを入れ替えても不変に保たれる。つまりボソンの系の波動関数は対称なのである。言いかえれば、フェルミオンとボソンの二組の粒子は、対称性に関して異なる性質をもつということである。パウリはこうしたことをもとに、排他原理は単位量の半奇数倍のスピンをもつ粒子には適用できるが、単位量の整数倍のスピンをもつ粒子には適用できないという結論に到達した。

 とはいえ、そう結論する明白な根拠は何もなかった。自然はそう言っている、としか言いようがない。波動関数には数学を超える何かがある。物理学者たちは今度は、あらゆる値のスピンをもつ粒子について、その波動関数の特性を探る研究に乗りだした。それに伴う難解な数学を相手にするのは、まさにパウリの好むところであった。

 それから六年後の一九四〇年、彼は波動関数とスピンとの関係を考察した研究の要点を的確にまとめた上で、それを一般的な形に拡張した。ディラック方程式や自身の方程式などの特定の波動方程式を使わず、波動関数の数学的特性を利用して、相対性理論、スピン、統計、排他原理を適用した場合に波動関数がどのような挙動を示すかを探ったのである。彼はひたすら数学のなかを突き進み、きわめて重要な結論を導き出した。その結論とは、排他原理は、単位量の整数倍のスピンをもつ粒子(整数のスピンをもつ粒子)を扱う相対論的理論には適用できないが、それでも、この原理は半整数のスピンをもつ粒子を扱う理論には絶対に欠かすことができない、というものであった。

 彼は論文の最後に、「スピンと統計を関連づけることは、特殊相対性理論のきわめて重要な応用の一つである」と述べている。何年にもわたってスピン、統計、相対性理論のあいだの関係を明らかにしようとしてきた彼は、いまようやく、その目標を達成した。簡潔でありながらも、数学を使って論理的に厳密に主張を述べたこの論文には、彼の本領がいかんなく発揮されている。多くの物理学者が、この論文をパウリの最高傑作と見なした。

 排他原理とスピンの概念――さらに、量子数は三つではなく四つであること――に思い至ってから二年近くの歳月を経て、ついにパウリは、自身が成しとげた最初の大きな発見である排他原理に秘められた重要な意味の一端を何とか突き止めることができた。排他原理の発見当初から、物理学者たちはこの原理によって元素の周期表を説明できることを理解した。今度は、排他原理は半奇数のスピンをもつあらゆる粒子の振る舞いを調べるのには利用できるが、それ以外の粒子にはまったく関係がないことがわかったのである。
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「時間旅行」とは?・・・過去と未来が「今」と繋がっているとすると、過去を替えることが出来るならば、未来も替える事が可能と成るはずです。
地球にとっての、「良き未来」を創るために、「今」を一所懸命に生きて、良き未来を目標として生きてみたいですね。

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